朝Yogaでの瞑想の時間は「私を遠くに飛ばしてくれる」【縁側日記】vol288
朝Yogaという名前に変更しましたが、理由は単純でして、呼吸法、瞑想の時間もとっているからです。 BTYだけをメインと思って来ていただいた方に対して、少し思い違いがあったようなので、朝Yogaとしました。 BTYの練習に…
ヨガライフ-東京日記朝Yogaという名前に変更しましたが、理由は単純でして、呼吸法、瞑想の時間もとっているからです。 BTYだけをメインと思って来ていただいた方に対して、少し思い違いがあったようなので、朝Yogaとしました。 BTYの練習に…
ヨガライフ-東京日記肩の荷がおりるというのが瞑想の良いところだと思っています。 肩の荷がおりてしまえば、ストレスは減ります。 肩の荷がおりているのですから当然ですね、もういらね、と荷を下ろしているのですから。 肩の荷がおりてしまえば、握って…
ヨガを学ぶ前講で探求した「サントーシャ(知足)」が、「すでにあるものに満足を見出す」という、いわば心の“受け入れ”の側面を教える智慧であるとすれば、今回探求する「アパリグラハ(Aparigraha)」は、そのコインの裏側、すなわち…
ヨガを学ぶ私たちの社会には、まるで空気のように、一つの強力な「呪文」が満ちています。それは、とても静かで、しかし執拗に、私たちの耳元でこう囁き続けます。 「あなたは、まだ足りない」 あなたの収入は、まだ足りない。あなたの美しさは、…
ヨガを学ぶ私たちの長い旅も、いよいよ終着点を迎えようとしています。 私たちは、ジャン・ボードリヤールという、少し気難しいが誠実な水先案内人の手引きで、現代消費社会という、きらびやかで、しかし時に私たちを惑わす「記号の海」の性質を探…
ヨガを学ぶ私たちは、この講座の旅を通じて、消費社会がいかにして私たちに「理想の自己像」を提示し、それに向かって絶えず努力し、変身し続けることを要求するかを見てきました。 もっと美しくならなければ。もっと成功しなければ。もっと生産的…
ヨガを学ぶ私たちはこれまで、ヨガスタジオや自宅の静かな空間に敷かれた、四角い「ヨガマット」の上で、いかにして消費社会の喧騒から距離を置き、内なる平和とつながりを取り戻すかを探求してきました。しかし、私たちの人生の大部分は、その安全…
ヨガを学ぶ私たちはこれまで、消費社会が「差異化のゲーム」によって、いかに私たちを分離させ、競争へと駆り立てるかを見てきました。あの人より良い服を、あの人より素敵な暮らしを、あの人より多くの「いいね!」を。このゲームの論理は、私たち…
ヨガを学ぶ現代を生きる私たちの多くが、ポケットの中に一つの小さな「劇場」を持ち歩いています。それは、スマートフォンという名の舞台装置であり、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)という名の脚本です。私たちはその劇場で、あ…
ヨガを学ぶ私たちの生きる現代社会は、驚くべきスピードでモノを生産し、消費し、そして廃棄していく「使い捨て」の文化に深く根ざしています。新しいモデルのスマートフォンが一年ごとに発売され、ファッションのトレンドはシーズンごとに移り変わ…
ヨガを学ぶ私たちは、この第3部の航海の旅路で、ヨガの古代の智慧が、いかにして私たちの現代的な生活、特に「消費」という日常的な行為に、深く、そして具体的に応用できるのかを探求してきました。一度、ここで船の帆をたたみ、これまでの発見を…
ヨガを学ぶ私たちはこれまで、サントーシャ(知足)とアパリグラハ(不貪)という、消費社会の価値観とは対極にある、二つの大きな羅針盤を手に入れました。しかし、どれだけ高尚な哲学を学んだとしても、それを具体的な日常の行動に落とし込めなけ…
ヨガを学ぶ私たちは、この第2部の旅を通して、ボードリヤールが鋭く描き出した現代消費社会という、記号とイメージの海の中で、確かなリアリティに錨を下ろすための方法論として、「ヨガ」の智慧を探求してきました。第1部で社会の構造を分析する…
ヨガを学ぶもし、あなたが今すぐ手に入れることのできる、最も確実で、誰にも奪われることのない「豊かさ」の源泉があるとしたら、それは一体何だと思いますか。それは、高価な宝石でも、広大な土地でもありません。その答えは、あまりにも身近で、…
ヨガを学ぶヨガ、と聞いて多くの人が最初に思い浮かべるのは、様々な身体的なポーズ、すなわち「アーサナ」でしょう。 しかし、アーサナは単なる身体の柔軟性を競う体操や、筋肉を鍛えるためのエクササイズではありません。それは、私たちの散漫な…
ヨガを学ぶ第1部で私たちは、現代社会が「記号」の海であることを学びました。ブランドのロゴ、SNSの「いいね!」、ライフスタイルのイメージ。これら記号は、私たちの欲望を形作り、行動を規定します。しかし、記号にはある共通した特徴があり…
自己啓発私たちは、いつからこれほどまでに「頭」で生きるようになったのでしょうか。 朝、目覚ましのアラームが鳴るよりも早く、枕元のスマートフォンに手が伸びます。まだ覚醒しきらない意識の中に、SNSのタイムライン、未読のメッセージ、…
ヨガを学ぶ私たちは皆、「自分らしくありたい」「個性的でありたい」と願っています。他の誰でもない、唯一無二の自分として生きたい。その願いは、とても自然で、人間的なものに思えます。しかし、ボードリヤールのレンズを通して見ると、この「個…