YOGGY&BOZUクラス報告:瞑想は慣れることも大事@六本木

クラス報告

KIYOSHI

【お知らせ】
・9/9(日)13:30〜15:30 浅沼圭の「身体と遊び、あなたの可能性を開放する
・9/11(火)17:00〜18:30 BTY ゲスト講師で富永奈々先生が来ます。
・9/16(日)13:30〜15:00 日本一簡単な瞑想会SUWARU
・9/19(水)18:30〜21:30 インサイトマップ講座

六本木の妙善寺さんでのYOGGY&BOZUクラス、ご参加頂きましてありがとうございました。

今回は始める前に、任意参加でタバタ式トレーニングを行いました。どうでしたでしょうか。

慣れてきた方もいらっしゃいましたが、慣れても慣れなくても追い込むのがタバタ式トレーニングでございます。ですので条件はみんな一緒です。

タバタ式トレーニングはヨガクラス前に行い、その後BORN TO YOG クラス、そして坊主による瞑想クラスへと移りました。

前回のYOGGY&BOZUクラスの報告はこちらになります。

ヨギボズクラス報告:ヨガは人がいると集中できないのか、そしてアーシング@新宿御苑

2016.04.02

タバタ式トレーニングはこちらをご覧ください。

ヨガクラス報告:タバタ式トレーニングは心に効く@六本木

2016.04.06

 

タバタ式トレーニングは気分が上がる

タバタ式トレーニングをされた方はわかると思いますが、正直疲れます。

インターバルトレーニングの一種で、20秒間トレーニングして10秒間休む、という30秒間を8セット行うトレーニングになります。

疲れると言いますか、疲れて動けなくなるぐらいに追い込むことそのものが目的でもありますが、しっかりと追い込むのでそれなりに辛いです。でもヨガだけでなくこういったトレーニングも必要なのではないかという仮説のもと、実験中でございます。

タバタ式トレーニングは、疲れた後に、なんとも言えない気分の高揚があります。

科学的には、トレーニング後に何かホルモンなどの物質が出ていそうですが、何でしょうね。筋トレとは違ったものに感じます。

とにかく、気分が上がるというのはあります。

交感神経もオンになりますので、それも気分の高揚がみられる原因でもありますね。

 

確かにやりすぎは禁物

「やり過ぎませんか?」というような質問ももらいます。

ヨガの話しではなく、タバタ式トレーニングの話しです。

やり過ぎるのは危険ですね。全てにおいてやりすぎは危ないです。

タバタ式トレーニングは高負荷トレーニングなので、怪我の可能性もありますのでやりすぎ注意です。

ただ、やり過ぎることはまずないと思います。辛いので。

相当追い込むわけで、何度もやれたり、毎日やれるということは難しく思います。何度もやれるようでしたら一回のタバタ式トレーニングが機能していない可能性もありますね。

一人で追い込むのも大変なので、そんな時はYOGGY&BOZUクラス前に一緒にやりましょう。

 

呼吸に合わせてサクサクと進む「BORN TO YOG」

それではヨガの話。

「BORN TO YOG」は呼吸が大事です。

ヨガは全て呼吸が大事なのですが、「BORN TO YOG」ももちろん呼吸が大事です。

前に丹田呼吸というのを教えたのを覚えていますでしょうか。

臍下三寸にあります丹田を意識して、そこで呼吸をしているかのようにする呼吸法です。

この丹田呼吸とヨガというのは相性がよろしいです。

ぜひ、丹田を意識した呼吸をやってみてください。

ロングブレスダイエットなんかも、丹田呼吸ですね。

武道でも丹田を意識して行います。

丹田呼吸を意識することで、体も温かくなります。安定もします。

ヨガ的にいうと、チャクラの活性化が起こります。

特に丹田の位置にあるチャクラは現実的なこの世界での成功と関わっていると言われています。

丹田呼吸、意識してヨガに取り組んでみてくださいね。

KIYOSHI
立ち読みでいいので一読しておくと便利かもしれません。ロングブレスダイエットをしなくていいので、丹田を意識した呼吸法というののヒントがもらえると思います。

一般向けに書かれているので物足りないかもしれませんし、根拠も脆弱かもしれませんが、ひとまずやろうという気になります。

 

「BORN TO YOG」も調子よくやっていくとノリでいける

engwayoga-20160430-39呼吸の話をしましたが、ヨガでは呼吸を体に合わせて続けることが基本です。

そして、呼吸だけでなく”気持ち”も調子よくやっていくといいですね。

調子の良さを勝手に先取るするイメージです。

調子の良いことを全肯定するわけではありませんが、未来からの調子の良さを先取りすることで、流れを生むということです。

その流れの中に身を置くことで、調子の良さを先取りすることができます。

ノリがいいというのは、こういう先取りが起こることなのかもしれませんね。

調子を先取りする、これもお勧めの方法です。

 

瞑想は慣れることも大事

「BORN TO YOG」の後は、瞑想でした。

阿字観瞑想を行いました。

ヨギボズQA:阿字観、月輪観という瞑想はどんなものなのですか?

2015.09.13

瞑想の感想を聞いていると、やっぱり慣れというのは大事なのですね。

瞑想の深さとか心地よさ、自分があるという感覚などは、回数を重ねることでわかってきます。

わかってくるという表現は微妙なのですけど、この「わかってくる」と思っている対象はいないのですね。けれど、それがわかるという感じです。意味がわからないかもしれませんが。

感覚を鍛えるというよりかは、知らない感覚に気づくという感じでしょうか。

瞑想状態にある時間を増やすことは有効です。

だから、瞑想に慣れることも大事になると思います。

 

阿里坊主から感想

今回も阿里坊主から感想をもらっていますのでご紹介します。

ari

自分は人の顔と名前を覚えるのが苦手なものでして、間違ってたら申し訳ないのですが、今回のよぎぼずでは参加者全員が「一度はよぎぼずを受けたことがある方」でした。

ありがたいことです。

今回もお忙しい中のご参加ありがとうございました(^^)

今回はなんだか自分の心身の調子が良くて、過ぎることなく、そして足らないこともなく、そんな身の丈にあった自然な瞑想会になったんじゃないかなぁなんて思ってます。

一言で言うと、な~~~んか気分が良かったのです。

さて、恒例になりつつあるクラス前のタバタトレーニング。

やっぱり良い刺激が入りますね。普段の生活ではここまでの追い込みは中々ありませんし、一度体を使いきることで身体感覚が歴然と変わって、自ずとヨガへの姿勢も変わりますから。

普段はできていたアーサナのできないことできないこと。初心に帰ったようにおそるおそるヨガすることが、なんだか新鮮に感じます。

このタバタですが、きついトレーニングですので参加は任意にしております。

自由に、気楽に、ノリで、参加したりしなかったりしてください。

参加されなくても、少し早めに来てのんびり体をほぐしながら、タバタをする人たちを眺めるのもきっと楽しいと思いますよ。
目に見えてバテていきますしね。

そんな空気も含めて、気楽に追い込みの場にできたら良いなと思ってます。

さて後半の瞑想では今回も、ゆるめる瞑想と、阿字観瞑想として月輪観(がちりんかん)を行いました。月輪観は、満月を心中に想い描くイメージ瞑想です。

何かしらのシンボルをイメージする瞑想は、慣れないと簡単には想い描くことはできません。ともすれば、眉間にシワを寄せて一生懸命にイメージしようとするものですが、それではイメージ瞑想にはなりません。

きれいにイメージできなくてもよいのです。

おぼろげな月輪があたかも最初から心中にあった、そんな風に気楽に構えて想い描くことがイメージ瞑想です。そして、むしろその方がすぅ~っと想い描けたりするものです。

瞑想は一度の体験では理解できないものです。特に阿字観瞑想はその傾向が強いと思います。

だからこそ、少し難しい瞑想です。だけれども今回のよぎぼずでは、回を重ねてきたからか「少し月輪観がわかってきた気がする」
そんな感想がシェアリングで出てきたのは、こちらも何だかうれしかったです。

今回も一緒にヨガと瞑想ができて良かったです。

またお時間がある時に、無理のないご参加をお待ちしております。

 

終わりに:瞑想で世界を認識する

ヨガのクラスや瞑想クラスを開催している理由は、現代の社会で必要だと感じるからです。

私たちは瞑想的でない暮らしをしています。

お金勘定だけで暮らしている人も多いことでしょう。

消費からは逃げられませんので、仕方がない部分もあります。

この自我の判断や暴走から少し距離を置くのがヨガであったりします。

距離を置くことで、気づくことも多いことでしょう。

しばらくは、ヨガと瞑想のクラスを続けていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

KIYOSHI
ヨギボズQAの一覧はこちらになります。 → ヨギボズQA目次

現在YOGGY&BOZUは休止中でございます。代わりに日本で一番簡単な瞑想会と称しまして、瞑想会を開いておりますのでご興味のある方は瞑想会からご参加されるのをオススメ致します。スケジュールはこちらより確認頂けます。 → スケジュールを確認する

 

あなたの最も内奥の性質で生きなさい。他人の考えに従って、あなた自身を操作してはいけない。ただ、あなた自身でいなさい。あなたの本当の性質でいなさい。すると喜びが起こってくる。それはあなたの中に沸きあがってくる。
Joy OSHO

人と音が別々でなく、音の一部であるときにはじめて、その美しさが感じられるのである。瞑想とはいかなる意志的行為または願望の働きをも交えることなく、あるいはまだ味わったことのない物事の快楽を求めたりすることなく、そのような分離に終止符を打つことである。
ジッドゥ・クリシュナムルティ

長く稽古してわかったことは、人間の今目の前に存在するもの、そこには具体的に物としてあるものをいじったり、組み合わせたり、改変したりして、ものごとを成し遂げるわけではないということです。身体が整うのは、むしろ「そこにはないもの」を手がかりにして、「そこにはないもの」をめざし、「そこにはないもの」と共にあるときです。人間の体だけでなく、あらゆる運動や組織や共同体がそうなのです。
日本の覚醒のために 内田樹講演集 内田樹