ヨギボズQA:最近の瞑想の感想を教えていただけますでしょうか?

瞑想

KIYOSHI

【お知らせ】
8/19(日)13:30〜15:00で日本一簡単な瞑想会を目指しているSUWARU開催です。
8/19(日)15:30〜17:00で真言密教に伝わる阿字観瞑想会を開催です。

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こちらの回答は、【瞑想会】の補足事項として、
 「ヨガをより楽しめるように」
 「瞑想がより起こりやすくなるように」
 「日常生活の深刻さが減少するように」
ご活用頂ければうれしく思います。

ヨギーと坊主がそれぞれ回答しております。それでは今回の質問と回答になります。

質問:最近の瞑想の感想を教えていただけますでしょうか?

率直なご質問ありがとうございます。

そうですね、普段の瞑想している時の感想を書いてみようと思います。

あくまでも、今この時期(2018.7.21)の感想なのでご了承ください。

瞑想というのは毎回異なるものですし、その場で起こったことが起こったことなので。

それでは、以下のヨギーと坊主の回答をご覧下さい。

 

回答:過去の瞑想と未来の瞑想が交錯中。瞑想する時間、頻度、人数を増やそうと思っています。 BY KIYOSHI

基本的に毎日のように瞑想をしております。

瞑想の体験は様々なことが起こります。

同じ瞑想体験はないんじゃないかという観じです。

それでは、とても簡単にですが最近の様子を書いてみます。

(今この時期(2018.7.21)の感想なのでご了承ください。)

 

緩めるタイプの瞑想を主体

最近の瞑想は、緩めて座るタイプの瞑想が多いです。

瞑想の基本は緩めることなので、その基本をよりマスターしていこうとしております。

「瞑想は緊張することです」とは言われたことありませんよね。

力んで歯を食いしばっては瞑想になりません。

ですので、この基本中の基本である緩めることを中心に行っています。

どこでも瞑想はできますので、瞑想体験は増えております。

いろんなことが起こるんですよね。

言いにくい話もたくさんありますので、詳しい話はまた瞑想会(SUWARU)で聞いてください。

 

少し前にヘミシンクも体験中

ヘミシンクって知ってますか。

左右の耳から異なる周波数を流すことで「特定の状態にしていく」技術です。

体外離脱がメインの音響技術ですかね。

今は、いろんな種類も増えているみたいです。

ヘミシンクCDについてはこちら。

これの基本セットをチマチマとやっていた時期があります。

体外離脱の体験はある程度起こりましたが、ドーピングみたいな感じがしたので自分の意識だけでやろうと思い、今は使っていません。

仲間内で瞑想合宿なんてのも開いたりしていたので、また合宿でヘミシンク体験ができるようにしてみますかね。

とにかく、基本は自分で座ってゆるめていくことです。

ここがしっかりしないと瞑想も安定しないことでしょう。

 

ただ座るのが本質的には好き

ただ座るのがやっぱり好きですね。

それで十分にいろんなことが体験できます。

オーラが見える人が言っていたのが、瞑想しているとオーラが一気に光輝くそうです。

過去生からのすべての枠が取り払われるのだとか。

外部の物を使うのもいいですが、瞑想状態に自ら入れればそれでいいのではないでしょうか。

ですので、私は音楽を小さくかけている程度で、ただ座っております。

ただ座っているだけで、体感覚、時間感覚、重力感覚、いろんな感覚から解き放たれて純粋意識になっていきます。

あとは、自由です。

緩めて座るは最強だと今のところ観じております。

 

回答:考え中。 BY 阿里

阿里坊主は考え中です。

 

KIYOSHI
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現在YOGGY&BOZUは休止中でございます。代わりに日本で一番簡単な瞑想会と称しまして、瞑想会を開いておりますのでご興味のある方は瞑想会からご参加されるのをオススメ致します。スケジュールはこちらより確認頂けます。 → スケジュールを確認する

 

あなたの最も内奥の性質で生きなさい。他人の考えに従って、あなた自身を操作してはいけない。ただ、あなた自身でいなさい。あなたの本当の性質でいなさい。すると喜びが起こってくる。それはあなたの中に沸きあがってくる。
Joy OSHO

人と音が別々でなく、音の一部であるときにはじめて、その美しさが感じられるのである。瞑想とはいかなる意志的行為または願望の働きをも交えることなく、あるいはまだ味わったことのない物事の快楽を求めたりすることなく、そのような分離に終止符を打つことである。
ジッドゥ・クリシュナムルティ

長く稽古してわかったことは、人間の今目の前に存在するもの、そこには具体的に物としてあるものをいじったり、組み合わせたり、改変したりして、ものごとを成し遂げるわけではないということです。身体が整うのは、むしろ「そこにはないもの」を手がかりにして、「そこにはないもの」をめざし、「そこにはないもの」と共にあるときです。人間の体だけでなく、あらゆる運動や組織や共同体がそうなのです。
日本の覚醒のために 内田樹講演集 内田樹