手放すことは、達成している

MEDITATION-瞑想

KIYOSHI

【お知らせ】
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・9/19(水)18:30〜21:30 潜在意識の可視化インサイトマップ講座
・9/30(日)15:30〜18:30 潜在意識の可視化インサイトマップ講座

手放すことは行為ではないという話をちょくちょくしております。

瞑想のお話をしている時にも、手放すことについて書いていると思います。

瞑想は手放すことでもあります

2015.11.12

手放すこというのは、自然と起こってくる結果です。

ただやめればいいということになります。

自己の同一化についても、気付けばある意味終わりです。

そして、それは実はずっと起こっていることなのです。

 

握っている手を放すということは、やめるということ

放すということをやろうとしてしまいますよね。

私もよくあります。

「どうやったらできるか」という発想をしてしまうのです。

手でボールを握りながら「どうやったらボールを放せますか?方法論はありますか?コツはありますか?」という質問に似ています。

「コツも何も、放すだけだよ」というのが皆さんの思いつく回答だと思います。

これは、思考でも起こっています。

思考でもどうやって放すかではなくて、ただやめる。それだけなのです。

瞑想においても何もしないことが大事です。

極力何もしない。

身体の力を抜いて、寛いでいくことで瞑想が起こってきます。

瞑想的な生活をすること

2016.05.17

 

手放すことは物理的なことですが、精神的なことでも一緒です

今の例えば話(ボールの話ですね)ですと物理的な話になっております。

ただ手放すだけだよ、ということが精神的なことでもあまり変わらないのです。

怒りというのも手放すだけなのです。

いきなり言われても難しいですよね。

ですが、基本はやめることです。

どうやったらやめれるかではなくて、ただやめるだけです。

いまここでやめるだけです。

手放すことを手助けしてくれるのが、瞑想であったりリラックスしたりすることです。

リラックスしている時には、何も握っていないですよね。

そういうものです。結果として手放しが起こっていくのです。

 

自己は何でも握っていないと気がすまない

自己という存在は、いつでも何かを握っていないと気がすまないものです。

常に行動をし続けます。

行動することで「なんでも」手に入れようとします。

動きっぱなしの存在なのですね。

なぜ、動いて握り締める対象を探すかというと、不安だからです。

自己は不安で仕方が無いのですね。

だから何かに執着して、それをじっと握り締め続ける。

これが手放されると、自己が崩壊してしまうのではないかという恐れがあるからです。

こだわりを持ってしまうのも同じに感じます。

自己というのは、こだわり、執着がないと存在できないのです。

 

ただ湧いている思考を観察する

「だから、どうすればいいの?瞑想を一日中やるということ」という話になります。

「どうする」ではなくて「どうあるか」が大事だという話になるのですが、少し視点を変えて、観察するということを提案してみたいと思います。

観察するというのは、ただ観ているということです。

一歩でも二歩でも離れて観察するのです。

ヴィパッサナー瞑想を24時間やっているような感じですね。

10日間にわたるヴィパッサナー瞑想合宿@京都に乗り込んだことで、静寂を持ち運べるようになってきた

2015.12.17

自覚するという言い方でもいいかもしれません。

自分の思考や行動、感情の起伏を観察し続ける。自覚し続けること。

そうしていくことで、自己という幻想を見破ることができます。

難しいと思わずにやってみてください。

また、ストップ瞑想もかなり有効です。

小さな瞑想である客観瞑想(ストップ瞑想)を紹介します

2016.04.09

30秒間だけで行う瞑想(厳密に瞑想というかは置いといて)は生活に静寂を与えてくれます。

これが習慣になると、確かに人生変わる人がいるのも頷けます。

気になった方はやってみてください。

 

終わりに:自己から離れる

自己と同化してしまっていることが苦しみです。

自己同化から離れるのが瞑想でもあります。

寝ているときは自己同化から離れていますので、みなさん起こっているのです。

繰り返しますが、基本はリラックスして過ごすこと。

目の前のことと喧嘩をしないで、リラックスして望むことです。

わたしたちは、どうしても評価したり比べたりしてしまいますが、今起こっていることと仲良くなると自然と好転してくるものです。

リラックスした気分はリラックスできる現象を起こします。

そして、それが当たり前になってくると気付くのです。実はずっと自分はいなかったということに。