大事なことにフォーカスしていくことそれ自体が1つの快となる

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フォーカスというのは本当に大事ですね。

フォーカスしていかないと何も達成ができません。

達成をすることだけが目的ではありませんが、フォーカスしないと面白さも得られない気がします。

集中して物事に取り組んだことがある人は多いと思います。

なぜに、あんなに集中できたのかと思うこともあるでしょう。

その集中というのは、どうでしたでしょうか。

フォーカスして集中すること自体が快になりませんでしたか。

いかがでしょうか。

フォーカスして集中すること自体が、対象に関わらず人にとって快となるのだと観じます。

 

まずは大事なことにフォーカスする

あとどれぐらい今の人生が続くと観じますか。

年齢によってもまちまちだと思いますが。

それでも残された時間はみなさん有限です。

今の健康状態や今のやる気も年齢や時期によっても変化します。

今できることは今やっていくことしかできません。

やはり物事にも旬というのがありますからね。

人生があと数えてどのくらいの時間が残されているでしょうか。

そういったことからも、今大事なことにフォーカスしておかないと出来なくなってしまったりします。

今がいつでも旬だと思います。

関連記事:自分の潜在的な可能性を信じておくこと。自分の劣等感を認めて、その上で行動して、自分へ予祝をしていき、呪いを解き、自分の進みたい方向へと歩んで行く。

 

フォーカスするためには減らす

人生が残りが有限だからと言って思いつくもの全てができるわけではありません。

食事も回数が決まっていますから、残りの人生で食べれる食事の回数も決まってきます。

たくさんの時間があったとしても有限には変わりません。

すべてはできないのですから、フォーカスなのですが、フォーカスすることを決めるためにもいらないものを捨てる覚悟も必要です。

年齢によっては、技術の取得を諦めてマネージメントに集中しいくとかですね。

これからの人生をどうやって生きていくのか。

そのために不要になるものがあるはずです。

それをまずは思い切って捨てる。

捨てることで自然と浮かび上がってくることが出てきます。

それにフォーカスです。

でも、捨てるのが先です。

基本的には捨てることから始めると良いと観じます。

物事が多すぎます。

 

自分にとって大事なこと

自分にとって大事なことはなんでしょうか。

仕事が大事であれば、仕事を一生懸命にやるのがいいですね。

お金や資産が大事ながら、それらを守り増やしていくことに注力した方がいいです。

家族が大事なら、家族と過ごす時間を増やすのも必要でしょう。

そのように大事なことはたくさんあります。

日々の忙しさから放置してしまっていると何が大事で、何を諦めるのかわからなくなっていきます。

人生を楽しむにはフォーカスです。

そのために不要なものを諦めること。

必要なものをしっかりと大事にしていくこと。

日常生活にただ流されていると気づいたら、大事な時期を逃してしまうかもしれません。

今の状況や環境もずっと続くわけでもありません。

今の感情だけに流されることなく、自分のやれることややりたいことを大切にしてこなしていきたいですね。

旬はいつでも今ですからね。

 

終わりに:フォーカスは瞑想的

フォーカスは大事です。

フォーカスして集中することは、快です。

集中モードというのは脳が喜ぶみたいですね。

もちろん効率もいいです。

やることも片付いていきますので、周りの人も喜びます。

そのためには減らすことですね。

いつもの話です。

部屋の断捨離もやはり大事です。

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いつでも私たちは今にしかいませんので、今を大事にして行動することです。

それがフォーカスでもあります。

マインドフルネスの語源はサティと言います。

意味は「特定のことに心を留めておく」という意味になります。

それが日本に入ってくると「念」という文字になりました。

念というのは、今の心と書きますよね。

今にあるというのがマインドフルネスなわけです。

フォーカスして集中している状態もマインドフルネスのひとつの現れです。

フォーカスして集中しているとなんとも言えない快があるのは、瞑想的な快のようなものなのかもしれませんね。