村上春樹さんのランニングのように、ヨガも瞑想も生活やアート活動で必要不可欠なものになり得る

YOGA&BODY-ヨガと身体

KIYOSHI

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村上春樹さんは御存知のようにノーベル文学賞の候補にもあがるほどの有名な小説家です。

風の歌を聴けのデビューからたくさんの書籍を書かれております。

賞も受賞されており国内だけでなく、世界的にも名前の知られる小説家です。

少し前ですが長編小説では1Q84を上梓されております。

かなり好きな作品でもあります。

短編小説だとカンガルー日和に収録されている「100%の彼女と出会うということ」、神の子どもたちはみな踊るに収録されている「かえるくん、地球を救う」などは大好きな作品です。

最近読んでいないので小説の方も読み直そうかと思っています。長編は時間がかかるので、まずは短編からかな。そのあとで1Q84も再読しておこうと思います。BOOK3まで出ているのですが、恐らくBOOK4も出るのではないかと踏んでいます。踏んでいるというか希望しています。

そんな村上春樹さんの趣味はランニングです。

知っている人も多いことでしょうが、初めての長編小説を書いた時からランニングをスタートさせているそうです。

世間的には村上春樹さんがランニングしていることはとても有名で、ランニング雑誌でも村上春樹さんのインタビューが載っていたりします。そして結構面白かったりします(村上春樹さんを知らない人にとって本当にどうでもいい記事に見えるんでしょうけど)

村上春樹さんは小説を書くことを生業とされておりますが、ランニングがなかったら小説もまた違ったものになっているように感じます。

もしかしたらランニングがなかったら小説家人生がなかったか可能性もあるぐらいに重要な位置にあると思います。

ランニングを通して、文筆スタイルを作り出したのではないかと感じています。

そのような生活を長い歳月にわたって続けているうちに、新たな水脈を探り当て、固い岩盤に穴をあけていくことが、技術的にも体力的にもけっこう効率よくできるようになっていく。

だからひとつの水源が乏しくなってきたと感じたら、思い切ってすぐに次に移ることができる。自然の水源にだけ頼ってきた人は、急にそれをやろうと思っても、そうすんなりとはできないかもしれない。

走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)

 

ランニングをすることで井戸を掘る

瞑想とランニングは似ているところもあるぐらいに、かなりランニングというのは内省的な行為です。

走ることを哲学している人もいるぐらいです。

毎日の数キロほどのランニングを続けることで、自分のなかに潜っていくことができます。

自分自身の井戸を掘っていくことができます。

井戸というのは村上春樹の小説に時々出てくる重要キーワードです。比喩としても出てきます。

ねじまき鳥クロニクルでは”井戸”と”壁抜け”が出てきますね。

SF小説的な内容で実際に主人公が壁抜けをするのです。そして、この壁抜けをすることは現実的にもできるのだと思っています。もちろんメタファーとして。

壁抜けはある種の異次元へのワープであり、パラダイムシフトであり、今までの延長にない気づきの訪れであります。

それは瞑想やヨガでの境地に似ているのかもしれません。

壁抜けするために瞑想とヨガは非常に有効なものだと感じており、私は続けております。

ランニング本(走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫))の方では具体的に井戸という名詞は出てこないですが、「掘る」という表現はたくさん出てきます。

どうも村上春樹さんにとって小説を書くことは、自分の内側を掘っていく作業をイメージしているようです。

私もヨガや瞑想、ブログで文章を書いているのは掘るという方向性のものです。

だから、この本にも村上春樹さんにも惹かれるのだと思います。

昨日の自分をわずかにでも乗り越えていくこと、それがより重要なのだ。

長距離走において勝つべき相手がいるとすれば、それは過去の自分自身なのだ。

走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)

 

アーティストもそのような位置付けにヨガを置くことができるのではないか

アーティストの人だって、ランニングでもいいのですが、そういった身体運用を伴う何かを続けることで作品へと大きな影響を与えることがあると思います。

すでにやっている人も多いと思いますが、ヨガもいいと思うのですよね。

わたしはアーティストや絵かきではないので、わかりませんが毎日のようにヨガを通して体への意識を高めていき、そこから出てくる身体運用を暗黙知として生活していると、生活の質や種類が前に比べて全然違うと感じるからです。

アウトプットの種類と質も変わってくると思います。

物の見方から変化すると思います。

村上春樹におけるランニングのような位置付けのものに、ヨガもなり得ると思うのです。

いかがでしょうか。

ヨガを10年、20年と積み重ねた人のアート作品、小説、表現されるもの、新しい身体運用から出てくるものとしてはとても面白いと感じます。

村上春樹は小説を書く上で自分の中の毒素と戦っていく必要があるといい、そしてそのための体力が必要なため健全な体を小説家は維持しないといけないと言います。

維持の方法が日々のランニングでした。それがヨガや瞑想でもいいと思います。

我々が小説を書こうとするとき、つまり文章を用いて物語を立ち上げようとするときには、人間存在の根本にある毒素のようなものが、否応なく抽出されて表に出てくる。

走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)

 

多くの人にもランニングと同様にヨガもできる

ヨガは、多くの人にとって実践しやすいと感じます。

村上春樹のランニングのような位置付けにヨガを持ってくるならば、毎日毎日ヨガをやることが前提となりますが、ヨガを通して発見した身体への意識や自分への気づきが必ず生活へとフィードバックしていきます。

ランニングを日課にするようにヨガを日課にして、アート活動をやる人が増えると嬉しいと思います。

それも、ゆるゆるのヨガではなく、それなりにしっかりとハードにタフに体を動かすものでやってほしいですね。(手前味噌ではBORN TO YOGクラスですけど)

体を動かさないリラックス系なら瞑想の方がいいのでね。

瞑想は瞑想でとてもオススメですが、それはまた別の話で書きます。

ランニングでもある種の瞑想状態に入るとはいえ、身体運用があるのは大きく異なります。

ヨガでもかなり疲れるぐらい激しいヨガで毎日を鍛錬されて、芸術活動に専念すると面白いと思います。

もし自分で決めたルールを一度でも破ったら、この先更にたくさんのルールを破ることになるだろうし、そうなったら、このレースを完走することはおそらくむずかしくなる。

走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)

 

終わりに:アラン・チューリングも身体性を重視していた

天才的な科学者として有名で、暗号解読者としても超有名な方アラン・チューリングです。

現代のコンピュータの元を作った人とされております。

第二次世界大戦でのナチスが誇るエニグマ暗号を解読した方です。

それにより、どれだけの人が救われたのか想像を絶します。

チューリングはものすごく特殊な性格の方だったのですが、科学者で天才なのに意外と運動をしていたようです。

ランニング、テニス、サイクリング、ヨット、登山などなど体を動かすことが好きだったようです。

母親と昼食をともにするために30キロも走っていったという逸話も残されています。

人工知能の研究にも着手していた時に身体運用、ようするに「知能は五感も大事だから五感からも学べるようにすること」を提唱していたそうです。

人の脳は運動からの影響が多大なのですね。それを自身の体を通しても天才的な頭脳を持っている人でも実感していたのでしょう。

脳を鍛えるには運動しかない、という本もあるぐらいで人は体を使うことが非常に大事なようです。

ヨガとともにする生活、とてもオススメで、今後ますますどのように身体と脳が変化していくのか楽しみです。

朝のBORN TO YOGクラスが思っていた以上に気持ちがいい@代々木、新宿

2016.09.02