阿字観瞑想などで、お軸をみる時のコツはありますか?【ヨギボズQA】

瞑想

こちらのヨギボズの回答は、
SUWARU(日本一簡単な瞑想会)の補足事項として書いております。


「ヨガをより楽しめるように」
「瞑想がより起こりやすくなるように」
「日常生活の深刻さが減少するように」

皆様がご活用頂ければうれしく思います。

ヨギーと坊主がそれぞれ回答しております。

それでは今回の質問と回答になります。


質問:阿字観瞑想などで、お軸をみる時のコツはありますか?

今回はお軸の見方ですね。

普段では、お軸を見るということはしませんので、気になりますね。

瞑想というと、目を閉じることが多いです。

だから、どんな風に見たらいいのかもわかりにくいですね。

私(Kiyoshi)も目を閉じるのが好きなのですけど、少し思うところを書いてみたいと思います。

そもそも阿字観瞑想ではずっとじっとお軸を観たりはしませんので、そこはご理解ください。

それでは、以下のヨギーと坊主の回答をご覧下さい。

 

回答:観るともなく観る。 BY KIYOSHI ヨギー

お軸の観方の結論は「はっきりと観ない」ですね。

僕はですけど。

はっきりと見てしまうと目が疲れてしまいます。

細かく見ようとして思考も働いてしまいます。

疲れてしまって思考も働いてしまうと瞑想状態から離れていきます。

だから「はっきりと観ない」のです。

全体をぼや〜と観たいのです。

ぼや〜とです。

はっきり観ないで観るのです。

すると、心にお軸も入ってきます。

ポイントを幾つか書いてみます。

 

視線をぼやかす

まずは、視線をぼやかすです。

フォーカスするのではなく、ぼやかすことです。

はっきりと観ない。

それにより、思考や考え事も生じなくなります。

炎のゆらぎを観るように、遠くの景色を観るようにぼやかしてみます。

焦点をあてないように観るイメージです。

 

凝視せずに柔らかく

凝視せずに観ることも大事です。

凝視してしまうと固まります。

身体も目線も固まります。

瞑想って固まりたいわけではありません。

むしろ、ゆるめていきたい。

身体もふわふわとしていきたいのです。

だから、凝視せずに柔らかい感覚です。

大好きな動物でも観るようなやわらかさですね。

 

ずっと観なくてもいい

ずっと観なくてもいいですよ。

それなりに観るのですが、あとは心の中で描ければ良いですから。

あなたの中に入ってしまえば大丈夫です。

ずっと目を開けてなくてOKです。

 

観るともなく観る

まとめると、観るともなく観るという感覚になります。

しっかりと観ていないけど、観てはいる。

フォーカスしていないけど、観ている。

ずっと開けているわけではないけど、観てはいる。

凝視しているわけではないけど、観てはいる。

細かくは注視していないけど、観てはいる。

そういう全体を捉えた、ゆるゆるとした感覚でお軸を眺めるとよろしいのではないでしょうか。

一ヨギーが言っているだけですので、ご参考程度にお願い致します。

 

回答:考え中。 BY 阿里 坊主

考え中です。

 

ー 瞑想へのヒント ー

あなたの最も内奥の性質で生きなさい。他人の考えに従って、あなた自身を操作してはいけない。ただ、あなた自身でいなさい。あなたの本当の性質でいなさい。すると喜びが起こってくる。それはあなたの中に沸きあがってくる。

Joy OSHO

人と音が別々でなく、音の一部であるときにはじめて、その美しさが感じられるのである。瞑想とはいかなる意志的行為または願望の働きをも交えることなく、あるいはまだ味わったことのない物事の快楽を求めたりすることなく、そのような分離に終止符を打つことである。

ジッドゥ・クリシュナムルティ

長く稽古してわかったことは、人間の今目の前に存在するもの、そこには具体的に物としてあるものをいじったり、組み合わせたり、改変したりして、ものごとを成し遂げるわけではないということです。身体が整うのは、むしろ「そこにはないもの」を手がかりにして、「そこにはないもの」をめざし、「そこにはないもの」と共にあるときです。人間の体だけでなく、あらゆる運動や組織や共同体がそうなのです。

日本の覚醒のために 内田樹講演集 内田樹

あなたが今の瞬間を讃えた途端に、あらゆる不幸や困難が消え去り、喜びや落ち着きと共に人生が流れはじめる。今の瞬間の意識を行動で示せば、あなたが行う全てのことに気品や、配慮や、愛の感覚がもたらされる…たとえ、それが最もシンプルな行いだとしても。

エックハルトトール

人類全員をイルカにしたい。

落合陽一