まだ、現在(2016年3月)は資本主義社会にいることを理解する

縁側日記

まだ、現在(2016年3月)は資本主義社会にいることを理解する

ヨガを指導する立場にある皆様、そして深く実践されている皆様へ。

私たちは日々、マットの上で聖なる教えに触れ、内なる静寂や普遍的な愛について学んでいます。
古代の賢者たちが残した智慧は、時を超えて私たちの魂を震わせます。
「すべては一つ(Oneness)である」「執着を手放しなさい」「足るを知りなさい」
これらの言葉は真実であり、私たちが目指すべき北極星のようなものです。

しかし、クラスを終え、更衣室を出て、一歩スタジオの外に出たとき、私たちは強烈なリアリティに引き戻されます。
そこには、競争があり、貨幣があり、消費を煽る広告があり、生活費という請求書が存在します。

そう、私たちはまだ、2016年3月現在、資本主義社会という巨大な構造の中に生きています。
この事実から目を背けず、ヨガの実践者としてどう対峙していくか。
今日は少し現実的で、しかし避けては通れないお話をしたいと思います。

 

「俗世」と「聖域」の境界線で

ヨガインストラクターとして活動していると、この「二つの世界」のギャップに苦しむことがあります。
「お金のことを考えるのはヨガ的ではない」
「集客に必死になるのはエゴではないか」
「ビジネスとして成功したいと願うのは、欲(ラジャス)ではないか」

純粋であればあるほど、こうした葛藤は深くなるでしょう。
資本主義の論理は「利潤の最大化」であり、ヨガの論理は「エゴの滅却」です。
一見、これらは水と油のように相容れないものに見えます。

しかし、インドの古い教え(仏教)には「蓮の花は泥の中から咲く」という言葉があります。
泥(資本主義社会という現実)を否定し、そこから逃避して山に籠もるのも一つの道です。
ですが、現代に生きる私たちが選ぶべき道は、この泥の中に根を張りながら、いかに清らかな花を咲かせるか、ということではないでしょうか。

 

資本主義を否定せず、利用する

誤解しないでいただきたいのは、資本主義を肯定して拝金主義になれと言っているわけではありません。
現状のシステムを「理解する」ということです。
重力が存在することを理解しなければ、空を飛ぶ飛行機を作れないのと同じです。
この社会のルール(貨幣経済、マーケティング、契約、信頼の蓄積)を無視しては、どんなに素晴らしい教えも、必要としている人に届けることができません。

例えば、スタジオを維持するためには家賃が必要です。
あなた自身が健康で、心に余裕を持って指導を続けるためには、適切な対価が必要です。
「お金は汚い」という観念こそが、実はメンタルブロック(心の詰まり)かもしれません。
お金は単なるエネルギーの交換手段であり、感謝のしるしです。
いただいた対価を、次の学びや、より良い空間づくりに循環させていくこと。
これは「エネルギー(プラーナ)の循環」というヨガの教えそのものではないでしょうか。

 

現代社会の病巣に対する「解毒剤」として

2016年の今、社会はかつてないほどのスピードで加速しています。
格差の拡大、長時間労働、情報の洪水、将来への漠然とした不安。
人々は疲弊し、心を病み、自分が何者かわからなくなっています。
資本主義が生み出した歪みが、人々の心身を蝕んでいる側面は否定できません。

だからこそ、今、ヨガが必要とされています。
ただのエクササイズとしてではなく、この狂騒的な社会の中で「正気」を保つための命綱として。

もし私たちが「お金儲けは悪だ」と考えて活動を縮小してしまったら、どうなるでしょう。
本当に救いを求めている人々に、ヨガという処方箋を届ける機会を失ってしまうかもしれません。
資本主義のど真ん中で、資本主義の病を癒やすための「サンクチュアリ(聖域)」を作り、維持すること。
それは、現代におけるカルマ・ヨガ(奉仕のヨガ)の形と言えるのではないでしょうか。

 

「逃げ」ではなく「戦略」としてのヨガ

ヨガインストラクターの中には、社会不適合を感じてヨガの世界に入った方もいるかもしれません。(私自身もそういった側面があります)
しかし、ヨガを社会から逃げるための隠れ蓑にしてはいけません。
むしろ、ヨガで培った「客観視する力」「ブレない軸」「柔軟な思考」を武器に、社会としなやかに関わっていくのです。

「まだ資本主義社会にいる」ことを認めること。
それは、理想を捨てることではありません。
理想(サットヴァ)を実現するために、現実(タマスやラジャス)という素材をどう料理するか、という智慧(ブッディ)を働かせるということです。

確定申告をするときも、集客のブログを書くときも、それはヨガの実践です。
「面倒くさい」「苦手だ」という心の動きを観察し、淡々と為すべきことを為す。
その行為(カルマ)の結果に執着せず、プロセスに心を込める。
そうすれば、ビジネスさえも、悟りへのプロセスの一部となります。

 

地に足をつけて、天を仰ぐ

私たちはまだ、この2016年の日本、資本主義社会の中にいます。
スーパーで野菜を買うにはお金が必要だし、電車に乗るにはICカードが必要です。
その現実をしっかりと受け止め(グラウンディングし)、その上で、魂の高みを目指すこと。
物質世界と精神世界、その両方にバランスよく足をかけられる人こそが、これからの時代の真のヨギー・ヨギーニだと私は思います。

ふわふわとしたスピリチュアルではなく、生活に根ざした、骨太なヨガを。
この社会のシステムを理解し、ハッキングし、そしていつかそれを超えていくために。
まずは今、ここにある現実と、しっかりと握手をしましょう。

ではまた。



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Kiyoshiクレイジーヨギー
*EngawaYoga主宰* 2012年にヨガに出会い、そしてヨガを教え始める。 瞑想は20歳の頃に波動の法則の影響を受け瞑想を継続している。 東洋思想、瞑想、科学などカオスの種を撒きながらEngawaYogaを運営し、ENQAN(ヨガ)、JIQAN(内観)、瞑想指導にあたっている。SIQANという日本一簡単な緩める瞑想も考案。2020年に雑誌PENに紹介される。 「集合的無意識の大掃除」を主眼に調和した未来へ活動中。