情報過多なので思い通りにならない現実を観る【なんとなく運が良くなる】

人物・思想家

こんにちは、EngawaYogaのKiyoshiです。 原宿や表参道という東京のど真ん中で、「都会で覚醒すること」を追窮しています。

情報過多でモノがあふれ、人間関係が希薄になりがちな現代社会。 そんな中、私たちはどのようにして身軽で幸せに生きていけばいいのでしょうか。

そのヒントは、2500年以上前に説かれた原始仏教のシンプルで根源的な教えのなかにあります。
「抜苦与楽(ばっくよらく:苦を抜き楽を与えること)」について考えていきましょう。

 

「苦諦」の真実:思い通りにならない現実を観る

そもそも「原始仏教(初期仏教)」とは何かご存知でしょうか。

紀元前5世紀頃のインドにおいて、ゴータマ・シッダッタ(お釈迦様)が開いた最初期の教えのことです。

当時のインドではバラモン教の祭祀主義が中心でしたが、彼はそれを批判し、自らの内面を深く観ることで真理に至る道を提示しました。

現代に生きる私たちは、モノや情報、あるいは他者との比較といった新しい形の悩みを抱えているのではないでしょうか。

仏教では、このような人生における思い通りにならないこと全般を「一切皆苦(いっさいかいく)」の視点から「苦(ドゥッカ)」と定義づけています。

お釈迦様が説いた四つの真理「四諦(したい)」の第一である「苦諦(くたい)」は、この世は四苦八苦に代表されるような苦しみに満ちているという事実を、ありのままに観る視点を与えてくれる教えに他なりません。

現実を正しく認識することが、全ての始まりとなるのです。

関連記事:瞑想を継続していくことで「苦しみの原因から距離を置く」ことができているのかもしれない

 

執着を手放す:集諦と滅諦がもたらす極限の軽さ

では、なぜ人は苦しむのか。 その原因を解き明かしたものが「集諦(じったい)」という教えになります。

苦しみの根本には「無明(真理に対する無知)」から生じる「煩悩」や「渇愛(激しい欲求)」、そして物事に対する強い「執着」があると考えられてきました。

私のスタジオではミニマリズムの思想を取り入れた「JIQAN(内観)」というプログラムを行っていますが、現代人は「こうありたい」という理想や所有物に執着しすぎている気がしてなりません。

この重たい執着を削ぎ落とし、手放していくことで至る解脱と安らぎの境地(涅槃寂静)が「滅諦(めったい)」と呼ばれます。
増やすのではなく徹底的に減らし、身体と心の重みを抜く「抜重(ばつじゅう)」を行うことで、真の解放へと向かっていく道筋が開かれるはず。

関連記事:世界一ゆるい瞑想会|麻布の茶坊主

 

「私」という幻想からの自由:諸法無我の智慧

SNSが普及した現代において、私たちは容易に他者と自分を比較してしまいます。
自らの「セルフイメージ」に強く囚われ、自己同一化してしまうことは、心を重くする大きな要因と言えるでしょう。

ここで鍵となるのが「諸法無我(しょほうむが)」という思想。
これは「この世のあらゆる存在には、固定された不変の実体としての『私』など存在しない」という明確な定義を持っています。

絶対的な自分探しをやめて「私」という固定観念を捨てることで、より軽やかに、自由に生きるための深い示唆を得ることができるに違いありません。

 

繋がりの再認識:縁起が教える調和

グローバル化が進み、世界中と瞬時につながれるにも関わらず、どこか孤立感を深めている人が増えている現代。

東洋思想の歴史的な背景において、非常に重要な宇宙の理法とされるのが「縁起(えんぎ)」の法則です。

縁起とは、「全ての事象は単独で存在するのではなく、原因(因)と条件(縁)が互いに関係し合って生じている(因縁生起)」という仕組みのこと。

私たちは決して単独で生きているのではなく、他者や自然、万物と相互依存的な関係の網の中にいる存在と言えるでしょう。

この繋がりを思い出し、他者や自然への尊敬の念を持つことで、集合的無意識の大掃除が進み、日常の中に温かい「団欒(だんらん)の場」が生まれていくのです。

 

実践としての智慧:道諦と八正道

仏教は、単なる机上の空論や信仰ではなく、より良く生きるための具体的な実践方法を提供してくれています。

苦しみを滅して涅槃に至るための具体的な修行法を「道諦(どうたい)」と呼び、その中心となるのが「八正道(はっしょうどう)」と呼ばれるもの。

八正道とは、正見(正しい見解)から始まり、正定(正しい瞑想)に至る8つの実践項目を意味します。

極端な苦行にも快楽にも偏らない「中道(ちゅうどう)」を歩むことの大切さも、この教えの根底には流れてきました。

現代の科学的・心理学的な研究によっても、マインドフルネスなどの瞑想や倫理的な生き方が私たちの心の健康やウェルビーイング(幸福度)を大きく高めることが証明されています。

EngawaYogaで提供している日本一ゆるい瞑想会「SIQAN」も、ただ作為をやめて肩の荷を下ろし、自然な状態に入っていくための一つの実践の場と言えるかもしれません。

 

おわりに:味わう時間を大切に

情報や物質の波に飲まれそうになったら、一度立ち止まって、いまここにある命を「観じて」みてください。

原始仏教の智慧は、私たちが本来の生命力を取り戻し、身軽で幸せに生きていくための「王道」を示してくれます。

未来や過去にマインドを逃がすことなく、今この瞬間を「味わう時間」を増やしていきましょう。

皆さんがご自身の身体や真我との心地よい団欒の時を持てることを、心から願っております。

 



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Kiyoshiクレイジーヨギー
*EngawaYoga主宰* 2012年にヨガに出会い、そしてヨガを教え始める。 瞑想は20歳の頃に波動の法則の影響を受け瞑想を継続している。 東洋思想、瞑想、科学などカオスの種を撒きながらEngawaYogaを運営し、ENQAN(ヨガ)、JIQAN(内観)、瞑想指導にあたっている。SIQANという日本一簡単な緩める瞑想も考案。2020年に雑誌PENに紹介される。 「集合的無意識の大掃除」を主眼に調和した未来へ活動中。