ヤマ、ニヤマ – ヨガにおける基本的な振る舞い:倫理観が育む、調和のとれた人生
ヨガといえば、ポーズや呼吸法をイメージする方が多いかもしれません。しかし、ヨガの本質は、身体的な鍛錬を超え、心と精神を磨く、深遠な哲学体系に基づいています。その土台となるのが、「ヤマ」と「ニヤマ」という、ヨガにおける基本的な倫理観と生活規範です。
ヤマ、ニヤマは、古代インドの賢者パタンジャリが体系化した「ヨーガ・スートラ」の八支則の中で、最初の二段階を占めています。それは、まるでヨガという壮大な建物を支える、強固な土台のようなものです。
ヤマ (Yama):禁戒 – 社会との調和を築く、普遍的な倫理
ヤマは、サンスクリット語で「制御」「抑制」を意味し、私たちが社会の中で、他者と調和して生きていくための、普遍的な倫理規範を指します。それは、特定の宗教や文化を超え、すべての人々に共通する、人間としての道徳観と言えるでしょう。
ヨーガ・スートラでは、ヤマを以下の五つに分類しています。
アヒンサー (Ahiṁsā):非暴力
アヒンサーは、あらゆる生命に対して、暴力を振るわない、傷つけないという、最も基本的な倫理です。それは、身体的な暴力だけでなく、言葉による暴力、心の暴力も含みます。
怒りや憎しみ、嫉妬といったネガティブな感情は、自分自身だけでなく、周りの人々にも、苦しみを与えます。アヒンサーは、これらの感情を手放し、慈悲と優しさをもって、他者と接することを促します。
日常的なレベルでは、アヒンサーは、言葉遣いや態度に気を配ること、争いを避けること、周りの人々の気持ちを尊重することなどを意味します。そして、さらに深いレベルでは、自分自身に対する非暴力、すなわち、自分を責めたり、否定したりすることを手放し、自己肯定感と自己受容を育むことも含まれます。
サティヤ (Satya):誠実
サティヤは、真実を語ること、正直に生きることです。それは、嘘をつかない、約束を守る、ごまかさない、といった基本的なことから、自分自身に正直であること、自分の信念に基づいて行動することまでを含みます。
現代社会では、私たちは、様々な情報に翻弄され、何が真実なのかを見失いがちです。サティヤは、自分自身の心の声に耳を傾け、真実を見抜き、それに従って生きる勇気を与えてくれます。
アステーヤ (Asteya):不盗
アステーヤは、盗まないこと、他人のものを欲しがらない、貪欲を捨てることを意味します。それは、物質的なものだけでなく、時間、エネルギー、情報、愛情など、あらゆるものに対して当てはまります。
現代社会は、消費主義によって、私たちは、常に「もっと欲しい」「もっと手に入れたい」という欲望に駆り立てられています。アステーヤは、この欲望を手放し、今、自分が持っているものに感謝し、満足することの大切さを教えてくれます。
ブラフマチャリヤ (Brahmacarya):禁欲
ブラフマチャリヤは、伝統的には、性的なエネルギーを浪費しないことを意味していました。しかし、現代においては、より広く、エネルギーの節約、集中、制御といった意味合いで解釈されることが多いでしょう。
私たちは、日々、様々なことにエネルギーを費やしています。仕事、人間関係、娯楽…。ブラフマチャリヤは、無駄なエネルギー消費を抑え、本当に大切なことに、エネルギーを集中させることを促します。
例えば、睡眠時間をしっかりと確保すること、健康的な食事をすること、無駄な情報や刺激を避けることなども、ブラフマチャリヤの実践と言えるでしょう。現代を生きる人々には、特に無駄な刺激を避けることは非常に大事な実践となります。
アパリグラハ (Aparigraha):不貪
アパリグラハは、必要以上のものを所有しないこと、執着を手放すことを意味します。私たちは、物に囲まれることで、安心感を得ようとしますが、本当に必要なものは、意外と少ないものです。
アパリグラハは、物質的な執着だけでなく、地位、名誉、人間関係、過去の出来事など、あらゆる執着を手放し、心を自由に、軽やかにすることを促します。
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ニヤマ (Niyama):勧戒 – 自己鍛錬を通して、精神性を高める
ニヤマは、サンスクリット語で「規則」「習慣」を意味し、自分自身と向き合い、精神的な成長を促すための、自己鍛錬を指します。
ヨーガ・スートラでは、ニヤマを以下の五つに分類しています。
シャウチャ (Śauca):清浄
シャウチャは、身体と心の浄化を意味します。それは、清潔な状態を保つこと、健康的な食事をすること、ポジティブな思考を心がけることなどを含みます。
身体の浄化は、ヨガのアーサナ(ポーズ)やプラーナーヤーマ(呼吸法)によって行われます。心の浄化は、瞑想や自己観察を通して、ネガティブな感情や思考を手放すことによって行われます。
サントーシャ (Santoṣa):知足
サントーシャは、現状に満足し、感謝の気持ちを持つことです。私たちは、常に「もっと欲しい」「もっと良くしたい」と、現状に不満を抱きがちです。しかし、サントーシャは、今、自分が持っているもの、自分が置かれている状況に感謝し、喜びを見出すことを教えてくれます。
タパス (Tapas):苦行
タパスは、忍耐強く努力すること、自己鍛錬を通して精神を磨くことを意味します。ヨガの実践は、時に、私たちに、ある程度の努力と忍耐を求めます。
難しいポーズに挑戦すること、集中力を維持すること、雑念を手放すこと…。これらの努力を通して、私たちは、心身の強さと柔軟性を高め、精神的な成長を促すことができます。
スヴァディアーヤ (Svādhyāya):学習
スヴァディアーヤは、聖典や哲学書を学び、自己探求を深めることです。ヨガの教えを学ぶことは、自分自身を深く理解し、人生の目的や意味を探求するための、重要なプロセスです。
イーシュヴァラ・プラニダーナ (Īśvara-praṇidhāna):神への帰依
イーシュヴァラ・プラニダーナは、より大きな存在に身を委ね、自己を超えた力に感謝することを意味します。それは、特定の宗教や神を信仰することではなく、宇宙の創造主、あるいは、自然の摂理、宇宙の叡智など、自分よりも大きな存在に対する、畏敬の念と感謝の気持ちを持つことです。
ヤマ、ニヤマ:ヨガの実践を深める土台
ヤマとニヤマは、ヨガの教えにおける倫理的なガイドライン、いわばヨガ的生活を送るための道徳的な羅針盤のようなものです。
これらの教えを日々の生活の中で実践することで、私たちは、心身の調和を実現し、より穏やかで、幸せな人生を創造していくことができるでしょう。
ヨガのポーズや呼吸法は、もちろん重要ですが、真のヨガは、ヨガマットの上だけでなく、日常生活のあらゆる場面で実践されるものです。ヤマ、ニヤマは、私たちがヨガの精神を、人生全体に広げていくための、道標となるでしょう。
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