ヨガの八支則 – ヨガ哲学の土台を築く8つのステップ:心身の統合と魂の解放へ導く道
ヨガマットの上でポーズをとる。それは、多くの人が思い浮かべるヨガの姿かもしれません。しかし、ヨガの本質は、単なる身体的なエクササイズを超えた、はるかに深いところにあります。むしろ、ヨガポーズはほんの少しであり、そちらがメインですらあります。
ヨガは、古代インドで体系化された、心身の調和と精神的な成長を目指す、実践的な哲学体系です。そのヨガの核心をなすのが、「八支則」という、8つの段階からなる実践の道筋です。
ヨーガ・スートラ:八支則の源流
ヨガの八支則は、紀元前2世紀から紀元後4世紀頃に、伝説的な賢者パタンジャリによって編纂されたとされる、『ヨーガ・スートラ』の中で説かれています。『ヨーガ・スートラ』は、ヨガのバイブルとも呼ばれ、2000年以上にわたり、ヨガ実践者たちの指針となってきました。
パタンジャリは、『ヨーガ・スートラ』の中で、ヨガを「心の作用の静止」と定義しています。私たちの心は、常に思考や感情、記憶、欲望などに揺り動かされています。この心の波を静め、心の真の自由を獲得することこそが、ヨガの目的であり、八支則はそのための実践的な道筋なのです。
八支則:段階的な心の浄化と意識の進化
八支則は、以下の8つの段階から構成されています。
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ヤマ (yama):禁戒 – 社会との調和、倫理的な規範
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ニヤマ (niyama):勧戒 – 自己鍛錬、精神的な成長
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アーサナ (āsana):坐法 – 安定した姿勢を保つこと、身体の浄化
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プラーナーヤーマ (prāṇāyāma):呼吸法 – 呼吸をコントロールすること、生命エネルギーの制御
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プラティヤハーラ (pratyāhāra):制感 – 五感を制御し、内側へと意識を向けること
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ダーラナー (dhāraṇā):集中 – 意識を一点に集中させること
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ディヤーナ (dhyāna):瞑想 – 集中が深まり、対象と一体となる状態
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サマーディ (samādhi):三昧 – 意識が超越した、悟りの境地
これらの八支則は、順番に沿って実践するものではなく、互いに補完し合いながら、統合的に取り組むものです。
1. ヤマ (yama):禁戒 – 社会との調和、倫理的な規範
ヤマは、私たちが社会の中で、他者と調和して生きていくための、倫理的な規範です。
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アヒンサー (ahiṁsā):非暴力 – あらゆる生命に対して、暴力を振るわない、傷つけない。
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サティヤ (satya):誠実 – 真実を語ること、正直に生きること。
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アステーヤ (asteya):不盗 – 盗まないこと、他人のものを欲しがらない、貪欲を捨てる。
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ブラフマチャリヤ (brahmacarya):禁欲 – 性的なエネルギーを浪費せず、創造的な活動へと向ける。
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アパリグラハ (aparigraha):不貪 – 必要以上のものを所有しない、執着を手放す。
ヤマを実践することで、私たちは、周囲の人々との信頼関係を築き、より調和のとれた社会を創造することができます。
2. ニヤマ (niyama):勧戒 – 自己鍛錬、精神的な成長
ニヤマは、自分自身と向き合い、精神的な成長を促すための、自己鍛錬です。
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シャウチャ (śauca):清浄 – 身体と心の浄化。清潔を保つ、健康的な食事をする、ポジティブな思考を心がける。
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サントーシャ (santoṣa):知足 – 現状に満足し、感謝の気持ちを持つこと。
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タパス (tapas):苦行 – 忍耐強く努力すること、自己鍛錬を通して精神を磨く。
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スヴァディアーヤ (svādhyāya):学習 – 聖典や哲学書を学び、自己探求を深める。
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イーシュヴァラ・プラニダーナ (īśvara-praṇidhāna):神への帰依 – より大きな存在に身を委ね、自己を超えた力に感謝する。
ニヤマを実践することで、私たちは、心の安定と強さを獲得し、より高い意識レベルへと成長することができます。
3. アーサナ (āsana):坐法 – 安定した姿勢を保つこと、身体の浄化
アーサナは、一般的にはヨガのポーズとして知られていますが、本来は、瞑想に適した安定した姿勢を保つことを意味します。坐法と言われるのはそれが所以です。
アーサナを通して、私たちは、身体の柔軟性、筋力、バランス感覚を高めるだけでなく、プラーナ(生命エネルギー)の流れをスムーズにし、心身の調和を促進します。あくまでも瞑想や三昧のための準備となります。
4. プラーナーヤーマ (prāṇāyāma):呼吸法 – 呼吸をコントロールすること、生命エネルギーの制御
プラーナーヤーマは、呼吸を意識的にコントロールすることで、プラーナ(生命エネルギー)の流れを調整し、心身に活力と安定をもたらすテクニックです。
深い呼吸は、心を落ち着かせ、リラックス効果を高め、ストレスを軽減する効果があります。
5. プラティヤハーラ (pratyāhāra):制感 – 五感を制御し、内側へと意識を向けること
プラティヤハーラは、五感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)を外側の世界に向けず、内側へと意識を向けることを意味します。
現代社会では、私たちは、常に五感を刺激する情報に囲まれています。プラティヤハーラは、これらの情報から意識を切り離し、心の静寂を得るための練習です。
6. ダーラナー (dhāraṇā):集中 – 意識を一点に集中させること
ダーラナーは、意識を一点に集中させることです。呼吸、マントラ、イメージなど、様々な対象に意識を集中することで、雑念を払い、心を安定させることができます。
7. ディヤーナ (dhyāna):瞑想 – 集中が深まり、対象と一体となる状態
ディヤーナは、ダーラナー(集中)が深まり、対象と意識が一体となった状態です。瞑想を通して、私たちは、心の奥底に眠る静寂と平安を体験することができます。
8. サマーディ (samādhi):三昧 – 意識が超越した、悟りの境地
サマーディは、ヨーガの最終目標であり、意識が超越した状態、悟りの境地です。この状態では、自我意識が消滅し、宇宙との一体感を体験するとされています。
八支則:現代社会を生きるための指針
ヨガの八支則は、古代インドで生まれた教えですが、その内容は、現代社会を生きる私たちにとっても、多くの示唆を与えてくれます。それは、心身の健康を促進するだけでなく、私たちが真の幸福へと至るための、実践的な道筋を示してくれるのです。
八支則を日常生活に取り入れることで、私たちは、より穏やかで、調和のとれた、そして、意味のある人生を創造することができるでしょう。
ヨガマットの上だけでなく、日常生活のあらゆる場面で、八支則を意識することで、心の真の自由へと繋がる、素晴らしい旅が始まります。
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