ヨギボズQA:心が弱くて困っています。どうしたら良いでしょうか。

日常生活

KIYOSHI

【お知らせ】
8/19(日)13:30〜15:00で日本一簡単な瞑想会を目指しているSUWARU開催です。
8/19(日)15:30〜17:00で真言密教に伝わる阿字観瞑想会を開催です。

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こちらの回答は、【瞑想会】の補足事項として、
 「ヨガをより楽しめるように」
 「瞑想がより起こりやすくなるように」
 「日常生活の深刻さが減少するように」
ご活用頂ければうれしく思います。

ヨギーと坊主がそれぞれ回答しております。それでは今回の質問と回答になります。

質問:心が弱くて困っています。どうしたら良いでしょうか。

ご質問ありがとうございます。

心が弱いと認識されているのですね。

なるほど。

心というのは捉えどころないもので、コロコロと変化して大変ですよね。

コロコロと変化してくれるから、逆に落ち込んでも立ち直ることができるとも言えますが。

そんな心についてご質問ありがとうございます。

コロコロした心をどのように扱っていくのか、書いてみたいと思います。

それでは、以下のヨギーと坊主の回答をご覧下さい。

 

回答:自分の中心を生きる。 BY KIYOSHI

心が弱いということを認識されている時点である種の強さはあると思います。

本当に弱い人は、弱い心を見ることができませんし、認めることもできません。

人に相談することもできませんよ。

ですので、強いとも思います。

心が強い、弱いという表現が一般的に使われておりますが、元も子もないことを言いますと心に強さという尺度はないと感じます。

ただ心があるだけ。

コロコロと移り変わる心があるだけに感じます。

いかがでしょうか。

これだけです、と終わってしまうのもなんですから、もう少し書いてみますね。

 

自分の中心を感じる

自分の中心を感じることはできますか。

生きているだけで喜びの溢れる場所を感じることはできますか。

あなたの中心を感じることができると喜びが勝手に生まれてきます。

そのような中心というものが人はあります。

ヨガではチャクラとも呼ばれておりますが、難しい用語は置いときまして、感覚的でいいので心地よい場所というのを心に感じることはできますか。

この場所を感じるというのは、何かの行為や行動をして得る場所ではございません。

心が落ち着く最高の場所は得るものではないのです。

すでにあるのです。それは、行為ではなく在り方で分かってくるものです。

私は○○である、という在り方がわかると中心を感じることができ、強くなっていくと思います。

瞑想でチャクラのお話を時々するので、7つのチャクラの内容を簡単にまとめておきます

2017.01.02

 

自分の中心を見つけること

自分の中心を見つけて生きることで、人は強く生きることができます。

自分の中心を感じることで、人は自分を生きるようになっていきます。

他人軸ではなくて自分軸です。

どうしても、人からの評価や評判が気になりますよね。

世間というものが気になってしまうのが人間ですが、自分の軸を持って、心地よい心の中心を感じることで平穏が訪れていきます。

人を愛するように、人に優しくなれるように、自分の中心を捉えるとどんどん心というのは強くなっていきます。

 

自分の中心の見つけ方

自分は無限の可能性があるということを腑に落とすことです。

あなたは無限の可能性があります。

間違いなくあります。

言い方を変えると、あなたは存在しているだけで価値のある人です。

なんでも自由にできる人間であり、どんな撰択もすることができる人間です。

あなたは無限の力と共にあります。

無限であることを腑に落とすのは、手前味噌ですみませんが瞑想がオススメです。

存在自体の喜びに触れるのが瞑想だからです。

無限の力があることを気づいて生活をしていると自分の中心を生きることにつながります。

あなたは無限の力をすでに有しています。

それに気づくだけです。

ぜひ、実践されてみてください。

 

回答:考え中。 BY 阿里

阿里坊主は考え中です。

KIYOSHI
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現在YOGGY&BOZUは休止中でございます。代わりに日本で一番簡単な瞑想会と称しまして、瞑想会を開いておりますのでご興味のある方は瞑想会からご参加されるのをオススメ致します。スケジュールはこちらより確認頂けます。 → スケジュールを確認する

 

あなたの最も内奥の性質で生きなさい。他人の考えに従って、あなた自身を操作してはいけない。ただ、あなた自身でいなさい。あなたの本当の性質でいなさい。すると喜びが起こってくる。それはあなたの中に沸きあがってくる。
Joy OSHO

人と音が別々でなく、音の一部であるときにはじめて、その美しさが感じられるのである。瞑想とはいかなる意志的行為または願望の働きをも交えることなく、あるいはまだ味わったことのない物事の快楽を求めたりすることなく、そのような分離に終止符を打つことである。
ジッドゥ・クリシュナムルティ

長く稽古してわかったことは、人間の今目の前に存在するもの、そこには具体的に物としてあるものをいじったり、組み合わせたり、改変したりして、ものごとを成し遂げるわけではないということです。身体が整うのは、むしろ「そこにはないもの」を手がかりにして、「そこにはないもの」をめざし、「そこにはないもの」と共にあるときです。人間の体だけでなく、あらゆる運動や組織や共同体がそうなのです。
日本の覚醒のために 内田樹講演集 内田樹