瞑想は無為になること

MEDITATION-瞑想

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瞑想のお話しです。

瞑想とはなんなのか、どんな状態が瞑想なのかと疑問にもたれることがあると思います。

ずばり、瞑想は無為になることであり、行為者がいなくなることです。

行為者がいなくなること状態が、まさに瞑想状態であり、梵我一如の状態です。(梵我一如レベルまではなかなか起きませんが)

瞑想が好きでいろいろと実践していますが、よく聞かれることがあります。

それは、「瞑想ってどうやってやるのですか」「どんな方法が良いのですか」というものです。

基本的には自分で面白いと思った瞑想を薦めています。

やっぱりご縁がありますから、出会った瞑想法を実践されるのがよろしいかと思います。

どんな瞑想でも共通の心構えはあると思いますので、少しだけ書いてみます。

 

瞑想は、することではないのですよ

engawayoga_2015_houseyoga_1瞑想クラスでは、「瞑想は行為ではない」ということはお伝えしています。

瞑想を始めた当初は、どうしても、やってやろうという自我が生まれてしまいます。

頑張ってしまう瞑想になってしまうことが多々あります。

一般的な事柄というのは努力したり、頑張ったり、行動することにより成長していくものですが、瞑想はすることではないので努力とは別のベクトルになります。

そもそも「瞑想を頑張ってやる」という主体がいないことが瞑想だから、頑張ったり行動したりすることがそもそも出来ないのです。存在しないのです。

また、瞑想をしていると良い瞑想をしたいという気持ちも生まれますよね。

瞑想はそちらの方向とは間逆で、「しない」ということになるのです。

あえて言えば、手放すということになるのかもしれませんが、そもそものコントロールする存在の不在が瞑想なのです。

 

瞑想は行為ではなく、無為である

瞑想は無為になることなんです。

何度も言ってますが、することではないのですよね。

瞑想状態とは、自我やマインドが静まったときです。

マインドが沈静化されて落ち着いた状態です。

その状態というのは、「する」ということが無い状態なのです。

マインドも自我もないのですから、「する人」が不在になります。

ただ、「ある」というだけの状態です。

だから、「しよう、しよう」とすることがそのまま瞑想を妨げているのです。

努力を手放すという方向ですね。山登りというよりも川下りのイメージです。

ただ在るという状態は「いまここ」などと表現されることもあります。

 

身体の不安や恐れから離れる

0003_largeわたしたちはエゴに強烈に支配されています。

エゴはどんな時にでも自分を守るために動いています。

瞑想に深刻さは必要ありませんが、深刻さが出てきてしまうことがあります。

それはエゴの働きなのです。エゴはどんな手を使ってでも、エゴ自体が消えることのないように振る舞います。

瞑想はエゴの死そのものです。瞑想はエゴがなくなる状態なのです。

ですから瞑想をすると、エゴが死なないようにあらゆる手を尽くして不安や恐怖、深刻さを出してきます。

それに対してエネルギーを与えることなく観察する側に立つことで、エゴを自然と見れるようになります。

そもそもエゴも自分が作り出したものです。その自分が不在になるのですからエゴも消えていくことでしょう。

エゴが私ではないのですね。それを観察してみましょう。

 

瞑想は起こることである

瞑想は勝手に起こることなのです。

実際は人間のエゴは何もすることはできません。何もすることはできないのです。

すべてをサレンダーの気持ちで手放しで、お任せするしかありません。起こっていることに任せるのです。

お任せに生きるなんて言いますが、瞑想中にもこねくり回したり、思考を追いやろうとするのではなく、寛いだ状態をキープしてマインドを眺めていましょう。

くつろぎはマインドの静寂そのものです。

このような意識を持って、起こるに任せると瞑想状態に入りやすくなりますよ。

瞑想状態に入ると身体の浄化から、過去の思考まで浄化されますので、やはり目的を持たないと言っても気持ちいいものなのです。

 

終わりに:いまここは時間や場所の話しではない

瞑想についての解説で「いまここ」という表現出てきますが、これは「今」という時間をさしておりません。「ここ」という場所をさしておりません。

便宜的にいまここと表現されているだけで、時間も場所もない、存在そのものを指している言葉になります。

すでにいまここにいるということに気付くのか瞑想です。

色々と書いてきましたが、あまり難しく考えずに座ってみてください。それが始まりです。

楽しい瞑想生活をお送りください。

KIYOSHI
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