ご機嫌で生きるために何かをするのではなく、ご機嫌になれることを選ぶだけ【ヨガインストラクター日記ブログ】kiyoshi vol244@目黒

ヨガライフ-東京日記

- お知らせ -

EngawaYogaが初めての方はこちらをどうぞ
メルマガ:あるがままに生きるヒント365はこちらへ

・SIQAN毎日開催中(yuu先生も開催中)
・ワクワクを選択してしまう自分になるWS 5/23(日)14:00〜17:00
・金曜午前BTY mari 開催中
・6/6.7.10 BTY nana 19:00〜21:00

EYTT(BASIC編)【募集中】
EYTT(ALICE編)【募集中】

予約・スケジュールはこちらから。

 

 

こんにちは。

日々、ご機嫌に生活していらっしゃいますでしょうか。

わたしはご機嫌です。

生きていれば色んなことはありますが、かなり機嫌よく生きれていると思います。

精神的なブロックやまだまだやりたいことはありますが、それも含めて機嫌は悪くありません。

そして機嫌よく生きるというのは人生の目的そのものかもしれません。

普段から言っている自分の好きなことを選ぶということです。

言い方を変えると不要なこと、不適切なこと、不調和なことをやめていくということでもあります。

こんまりちゃんの言うときめきを選ぶということです。

EngawaYogaのこのサイトでも近藤麻理恵先生の本を何度も紹介しております。

関連記事:自分が楽しんでいると楽しいことが発生する、楽しいは自分軸から【ヨガインストラクター日記ブログ】kiyoshi vol225@横須賀

などですね。

ときめくものを選ぶという片付け方法を推奨されております。

また、仕事においてもときめくものを選ぶように推奨されております。

こちらの仕事本も片付け本と一緒で書いてあることは一貫しておりまして、ときめきを選ぶということです。

片付けの順番は、洋服、書類、小物、思い出という順番がいいそうです。

そして、びっくりするのが書類は全捨てが基本ということです。

書類そのものにときめくことはないからですね。

書類の中身にときめくことはあるかもしれませんが、書類そのものにときめくことは少なそうです。

(もちろん、ときめく場合は残して頂いて結構です)

こんまりちゃんの本を読んでいると、本当にときめきって大事だなと思うわけです。

捨てるというよりかは、ときめきを残すという感覚なのもいい感じで片付けができます。

まだ読んでいない方は是非一読を。

絶対に読んだ方がいいですよ、と言えるくらいにオススメです。

できれば、片付けの魔法と仕事の方と両方を読まれることをオススメします。

考え方はまるっきり一緒なのですが視点が変わるとまた発見があります。

 

ご機嫌を選んでいく

時代もときめきをやっていく時代に入っているなと観じます。

もう、嫌々仕事をしている人と一緒に仕事できませんよね。(嫌々仕事をしている人からも買いたくないでしょう)

楽しんで仕事をしている人と仕事したいですよね。

もう、上下関係が強いようなところで働けないですよね。

自由にフラットに仕事をしたいと思います。

こういうのも、自分のときめきで選んでいけるといいと思います。

思考や考え方というのはすぐに変えられないかもしれませんが、ときめき片付けをやっていると感情や感覚が磨かれていき、どんどん自分にとってときめく方を生活の中でも選んでいけるようになります。

おかしいなという反対のことにも気づきやすくもなります。

「あれなんだろう、違う気がする」ということがわかります。

こういうのって側(はた)から見ると「それは違うでしょ」とわかり切っていることもあるのですけど、自分の中では気づけないものです。

そうやって気づいてご機嫌を選んでいけるといいですね。

 

瞑想も一緒でときめきが大事です

瞑想は難行苦行ではございません。

むしろ、そういった観念を外していくものです。

瞑想をするとご機嫌になっていくものです。

なぜなら、何かをするということをやめていくからです。

ただのありのままになっていくのです。

ぼぉ〜とただ坐るだけでそれが起こるのです。

瞑想もときめきを起こす一つに観じています。

瞑想をすると幸福感が増すなんて言われますが、実際に体験されるとそれはわかると思います。

幸福というのは状態だからですね。

何かを得ることで幸福になるというよりかは、幸福に気づいていくような感覚なのだと思います。

ぼけぇ〜と座っているとどこからともなく命の幸福を観じることができます。

ときめき片付けにも良い影響をしてくれることでしょう。

ぜひ、瞑想を興味のある方はされてみてください。

関連記事:ノイズを削ぎ落とすためにヨガや瞑想をする

 

終わりに:快楽的なことを幸福と勘違いしない

人の快楽的なことを幸福と勘違いすると辛いです。

幸福を求めても得られるのは快楽だけ。

ずっと求め続けてしまい、ただの欲望の虜になって死んでいく。

それだと寂しい。

それがダメなわけではなく、快楽が欲しい人が快楽を求めるのはわかるけど、幸福を感じたい人が快楽を求めてしまうとそれは苦しみを生む。

すれ違いをやめようということですね。

快楽は快楽、幸福は幸福で切り分けるとよさそうです。

どうせ、快楽も得られることで生じるのではなく「得られそうで生じる」ので、ずっともどかしいわけです。

ほどほどの快楽で過ごせると人生は快適で安定して楽しいものになるのでしょう。

ヨガのアーサナと一緒ですね。

ときめき片付けや瞑想を通じてもそういったことにも気付けると思います。

ではでは。