私たちはしばしば、平和を外側の世界に求めます。国家間の争いがなくなり、社会的な不平等が是正され、身近な人間関係の軋轢が解消されること。それらが実現して初めて、平和な世界が訪れるのだと信じています。しかし、古代のヨガの賢者たちは、まったく逆の方向から世界にアプローチしました。彼らは、真の平和は内側から始まり、波紋のように外側の世界へと広がっていくものだと喝破したのです。これは単なる精神論ではなく、宇宙の構造そのものに関わる深遠な真理を示唆しています。
東洋思想の根底には、「小宇宙(ミクロコスモス)は大宇宙(マクロコスモス)の反映である」という考え方が横たわっています。あなたという個人の内なる世界は、あなたが経験する外なる世界と分かちがたく結びついており、互いに応答し合っているのです。もしあなたの心に怒りや不安、欠乏感の嵐が吹き荒れていれば、あなたは世界を「脅威に満ちた、信頼できない場所」として経験するでしょう。些細な出来事に過剰に反応し、他者の言動を敵対的なものと解釈し、常に自分を守るための鎧を身につけていなければならなくなります。世界は、あなたの内なる戦争を映し出す鏡として機能するのです。
逆に、あなたの内側に静かな湖のような平和が広がっている時、世界はまったく異なる様相を呈します。あなたは、これまで見過ごしていた優しさや美しさに気づき始め、他者の行動の背後にある善意を信じることができるようになります。予期せぬ困難が訪れたとしても、それを乗り越えるべき試練や学びの機会として、穏やかに受け入れることができるでしょう。あなたの内なる平和が、いわば世界を照らす灯台となり、その光の中で物事の真実の姿が立ち現れてくるのです。これは、現代の物理学が示唆する「観測者効果」の美しいメタファーとも言えるかもしれません。観測者の意識が、観測される対象の状態に影響を与えるように、私たちの意識の状態が、私たちが経験する現実そのものを色づけ、形成していく力を持っているのです。
では、どうすればこの内なる平和を育むことができるのでしょうか。ヨガの実践は、そのための極めて具体的で、身体的な方法論を提供してくれます。たとえば、深く、ゆったりとした呼吸。それは単に酸素を取り込む行為ではありません。乱れた呼吸は交感神経を刺激し、心に警戒と緊張をもたらします。一方、穏やかな呼吸は副交感神経を優位にし、神経系全体を鎮静化させ、心の波を穏やかにします。アーサナ(ポーズ)の実践は、身体の凝り固まった部分を解放し、エネルギー(プラーナ)の滞りを解消することで、精神的な緊張をも解放します。そして瞑想は、思考の絶え間ないおしゃべりを静め、その背景に常に存在する広大な静寂の空間に私たちを気づかせてくれます。
一人の人間が内なる平和を見出すこと。それは、大海に一滴の静かな水を落とすような、ささやかな行為に見えるかもしれません。しかし、その一滴が生み出す波紋は、確実に周囲に広がっていきます。あなたの穏やかさは、あなたの家族に伝わり、職場の同僚に伝わり、あなたが接するすべての人々の心に、微かでありながら確かな影響を与えるでしょう。平和は、誰かが与えてくれるものでも、闘って勝ち取るものでもありません。それは、私たち一人ひとりが自らの内側で発見し、育み、そして静かに世界と分かち合うものなのです。世界を変えたいと願うなら、まず、あなた自身の呼吸を整えることから始めてみてください。すべての革命は、その静かな一息から始まるのですから。


