テーマを決めた練習がもたらす心身の進化と、限界突破の裏道

365days

ヨガを長く続けていると、「本当に自分は上達しているのだろうか」とふと立ち止まる瞬間があるかもしれません。
周りの人が難しいアーサナ(ポーズ)を次々と決めているのを見て、焦りを感じてしまうのはよくあることでしょう。
しかし、ヨガにおける「上達」とは、決してアクロバティックなポーズができるようになることではありません。
それは、身体の解像度が上がり、不要な力みが抜け、呼吸と重力に深く調和していくプロセスのことなのです。

この本質的な意味での上達を加速させるために極めて有効なのが、毎回の練習に「テーマを決めて取り組む」というアプローチです。
漫然とマットの上に立つのではなく、たった一つの意識の拠り所を持つこと。
ヨガの練習には、呼吸、内観、静寂と安定、継続など、意識を向けるべきポイントがいくつも存在します。
今回は、これらのテーマをどのように設定し、日々の練習をどう深めていくべきなのか、そして最後に少し「裏道」的なアプローチについても書いてみたいと思います。

 

呼吸を意識しよう:プラーナを取り込む最大のテーマ

ヨガの練習において、最も基本的でありながら最も重要なテーマが「呼吸」です。
現代のヨガクラスではどうしてもアーサナの形が主体となってしまいがちですが、呼吸が伴っていなければそれはヨガとは呼べません。
ヨガでは呼吸のコントロールを「プラーナヤーマ」と呼び、宇宙の生命エネルギーであるプラーナを身体の隅々まで取り入れる大切な行為として位置づけています。

アーサナの最中に「もっと深く曲げよう」「ポーズをキープしよう」と力むあまり、呼吸が止まってしまうことはないでしょうか。
呼吸が止まるとプラーナの流れが途絶え、身体は防衛反応で緊張し、結果的にアーサナも深まりにくくなってしまいます。
敢えて息を止める高度な練習法(クンバカ)もありますが、基本的には呼吸が滞っている状態でのアーサナは、身体を痛めるだけの非常にもったいない時間となってしまいます。

アーサナは完成されたポーズそのものを目指すのではなく、そこに至るまでの「プロセス」を味わうものです。
そのプロセスの最中、常に深く穏やかな呼吸が入っているか。
「今日はとにかく、どんなポーズの時でも吐く息を長く保つことだけをテーマにする」といった具合に決めてみてください。
アーサナの完成度よりも、呼吸ができていることの方が遥かに重要であり、それこそが真の上達への第一歩なのです。

 

内観しながら動こう:記号消費からの脱却

次に設定したいテーマが「内観」です。
自分の身体、そして心の中で今何が起きているのかを微細に感じ取っていく作業、それ自体がヨガの練習の核となります。
内観を無視してただ形だけを真似ていても、ヨガの練習は一向に進みませんし、アーサナの上達も見込めません。
それはランナーが、自分のフォームや心拍数を一切無視して闇雲に走り続けてもタイムが縮まないのと同じことです。

現代のSNS社会において、私たちはヨガのアーサナすらも「記号」として消費してしまいがちです。
「あの難しいポーズができている自分」という記号を他者に誇示するためだけに練習をする。
これは社会学で言うところの「記号消費」であり、ヨガ本来の目的である内なる自己との対話からは最も遠い行為です。
他者の目線(承認欲求)という過剰なポテンシャルは、私たちの身体を重くし、エゴを肥大化させるだけです。

「今日は自分の股関節のわずかなスペースの広がりだけを感じる」といったテーマを持ち、意識のベクトルを完全に内側へと向けてみましょう。
外側を飾る記号消費のループから抜け出し、純粋な身体感覚に没入すること。
この内観の練習は、そのまま深い瞑想(SIQAN)へと繋がり、日々の生活における本質的な幸福感にも直結していくのです。

 

安定と静寂を感じる:スタンプラリーをやめる

ヨガの練習において、エゴの働きが強くなってしまうことには注意が必要です。
「もっとできるようになりたい」という執着が強くなったり、できない自分にイライラしたり、あるいは逆に退屈を感じてしまったり。
そういった感情が湧いている時は、エゴが主導権を握ってしまっている状態です。

アーサナは本来、安定と静寂を感じながら行うものです。
なんでもかんでも無理をしてポーズを深めようとすると、怪我に直結します。
極端な場合、その怪我によって一生動きにくい身体になってしまう人も少なくありません。
これは、内観ができていなかったり、呼吸を無視したり、「見た目」という欲望だけを追い求めて自分の心を蔑ろにしてしまった結果起こる悲劇です。

最初は不安定なポーズも、無茶をせず、しかしある程度の心地よい負荷を許容しながら練習を重ねることで、必ず安定してきます。
ヨガの真の面白さは、実はポーズが「安定してから」始まります。
安定したその先にある静寂を味わうことなく、次から次へとさらに刺激の強い難しいポーズばかりを追い求めるのは、もうヨガではなくただの「スタンプラリー」です。
そこに芸術的な美しさや精神的な深みは感じられません。
「今日は、ひとつのポーズの中で深い静寂を見つけること」をテーマに、じっくりと腰を据えてみてはいかがでしょうか。

 

継続する:淡々とルーティンを刻む

そして、すべてのテーマの土台となるのが「継続」です。
ヨガの練習は、1日で劇的に身体が変わるものでも、突然の気づきが起こるものでもありません。
日々マットの上に立ち、淡々と練習を積み重ねていく。
時にはやる気が出なくて「積み重ねられなかった日」があったとしても、それも含めてまた翌日から再開する、その一連の流れが継続です。

継続しないで力になることはなく、継続しないで気づけることもなく、継続しないでヨガが深まることも絶対にありません。
モチベーションに頼るのではなく、歯磨きのようにルーティン化してしまうことが大切です。
練習は短時間でも構いません。
短時間を習慣にして、ヨガの楽しさ、身体がゆるむ心地よさ、精神の調和を感じていけば、エゴの力を使わずとも自然と継続できるようになります。
始めるときは決意を持って、しかし実際の第一歩は無理のない範囲で小さく始めてみましょう。

 

裏道の練習方法:限界突破のその先へ

ここまで、呼吸や内観、静寂といった王道の練習テーマについて書いてきましたが、最後にこれを全部ひっくり返すような「裏道」の考え方についても少し触れておきます。
それは「限界を超えて練習する」というアプローチです。

限界を突破していくことで、精神的な枠組みも同時に壊れ、ある種の覚醒状態へと向かう手法です。
当然ながら、これはかなりの荒療治であり、大きな危険を伴います。
単純に怪我をしたり、体調を大きく崩してしまうことのほうが圧倒的に多いでしょう。(ですから、決してお勧めはしません)

しかし、歴史を振り返れば、仏教の厳しい修行、武道の千本稽古、あるいは限界に挑むスポーツなど、あらゆる界隈でこの「限界突破法」は密かに行われてきました。
ヨガのアーサナにおいても、柔軟性や筋力といった肉体的な話ではなく、精神と肉体の境界線が溶けるところまで極端にやり込んで「一線を越えていく」経験は、確かに有効な側面を持っています。
やれるだけやってみた極限の状態でしか見えない世界があり、その先にはちゃんと「アレ」が待っています。
それが自分にとって良いものなのかどうかは、出会った時に初めてわかるはずです。

 

おまけ:日々の実践と僥倖

私自身も、これらのテーマを胸に、50代でも実践できるように日々のヨガの練習を継続しています。
学生の頃からの瞑想オタクであった私が、30歳でアーサナという素晴らしい身体技法に出会えたことは、まさに僥倖(思いがけない幸運)と言わざるを得ません。
頭だけで考えていた世界が、身体を通すことで一気にリアリティを持ち、圧倒的な軽さへと繋がっていく。
皆さんもぜひ、日々の練習に自分だけの「テーマ」を一つ設定し、エゴを手放して身体の叡智と対話する至福の時間を味わってみてください。

ENQAN – 軽い身体へ

 

ーーー
【Q&A】
Q1: テーマをひとつに絞ると、他の部分(アライメントなど)がおろそかになりそうで不安です。
A1: 心配はいりません。人間の脳はマルチタスクが苦手なため、あれもこれもと意識すると逆に全体が力んで崩れてしまいます。例えば「呼吸」だけに100%没入すると、身体は無駄な緊張を手放し、結果的に自然と正しいアライメント(骨格のポジション)に落ち着いていくという「自動操縦」の機能を持っています。引き算をする勇気を持って、ひとつのテーマに委ねてみてください。

Q2: 「記号消費」にならないためには、具体的にどうマインドセットすれば良いですか?
A2: 「このポーズをSNSにアップしたらどう思われるか」「スタジオの先生にどう見られているか」といった、他者の目線(外側)を基準にするのをやめることです。目を閉じ、皮膚の内側で何が起きているか(温度、筋肉の伸び、心拍数)だけを感じ取る内観(SIQAN)の練習を取り入れてください。ヨガは誰かに見せるためのものではなく、自分自身を深く味わい、ゆるめるための時間であることを思い出すことが大切です。



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Kiyoshiクレイジーヨギー
*EngawaYoga主宰* 2012年にヨガに出会い、そしてヨガを教え始める。 瞑想は20歳の頃に波動の法則の影響を受け瞑想を継続している。 東洋思想、瞑想、科学などカオスの種を撒きながらEngawaYogaを運営し、ENQAN(ヨガ)、JIQAN(内観)、瞑想指導にあたっている。SIQANという日本一簡単な緩める瞑想も考案。2020年に雑誌PENに紹介される。 「集合的無意識の大掃除」を主眼に調和した未来へ活動中。