自己利益の追求って、どう思いますか。
「自分さえ良ければいい」という言葉に言い換えることもできるかもしれませんが、あまりよろしくない響きがありますよね。
人は無意識のうちに、自己利益だけを追求しても、結局のところ本当の意味での自己利益にはつながらないという事実を知っているのかもしれません。
他人を貶めて出し抜く人よりも、他人を優先し、優しく接する人の方が、周囲から深く信頼されます。
結果的に、その方がずっと「得」をしますよね。
要するに、最終的な自己利益が上がるということです。
本当に自己利益を追求したいのであれば、利己的に振る舞うよりも、利他的に行動する方が、結果として自分に返ってくるリターンは大きくなります。
「利己を目指すなら利他になれ」とまでは言いませんが、賢明な利己主義者の実際の振る舞いは、端から見れば極めて利他的に見えるものだと思っています。
直接的な自己利益の追求は、自他共に生存する能力(サバイバルスキル)を低下させることを、私たちは直感的に悟っています。だからこそ、「この利己的な振る舞いはどうなんだろう」と、自分自身にブレーキをかけることができるのだと感じます。
もくじ.
「自己利益を追求すれば、自分だけが得をしてハッピーになれる」のは本当か?
一部の人は、「自己利益を追求すれば、自分だけが得をしてハッピーになれる」と勘違いしているのかもしれません。しかし、普通に考えれば、自己利益だけを追い求める姿勢は、決して持続的な自己利益にはつながりません。
だからこそ、多くの人は他者との共存を選びますし、実際に私たちが感じる幸福というものは、社会的なつながりを持った「他者」からしか与えられないものなのです。
そうやって、人類は今日まで生き残ってきたのですから(諸説ありますが)。
ENQAN(ヨガ)を実践していて痛感するのは、ヨガの上達は、学校の勉強で良い成績を取るときのコード(法則)とは、全く異なったコードで鍛錬しないと上手くいかないということです。
「自分が相対的に上達すれば(要するに、周りの人よりもポーズが上手くなれば)幸せになれるんだ」と勘違いしている人は、残念ながら、実際にはちっとも上達していきません。
これは、先ほどお話しした「利他的な振る舞い」の話に非常に近いと感じています。
もちろん、ヨガを実践されている方の中にも、自己利益追求型のエゴイスティックな人はいます。
そして、そういう人からは、自然と人が離れていきます。
悪い意味で「あの人はちょっとね……」と囁かれていたりするものです。
一見すると人がたくさん集まって盛り上がっているように見えても、実態はお互いに競争し合い、陰で悪口を言い合っているような集団も存在します。
もしそういう集団を見つけたら、迷わず距離を置くべきですね。
少し話はそれますが、そういったよろしくない集団の見分け方について触れておきましょう。
特徴としては、SNSを頻繁に更新して「盛り上がっている感」を過剰に演出し、自分たちこそが正しいと信じて疑わず、リーダーが偉そうに振る舞い、常に陰口が飛び交っているような集団です。
「こんなの、誰でも簡単に見分けがつくはずだ」と思うかもしれませんが、案外、渦中にいるとわからないもののようです。
「SNSの写りが良くてキラキラしているから良い」「みんながテンション高くて元気だから良い」「たくさん話しかけてくれて、丁寧に扱ってくれるから良い」「リーダーが凄そうだから良い」。
これらは一見ポジティブに見えますが、すべて怪しい要素を含んでいます。色々と勘違いしてしまいそうですよね。
あえてキーワードを挙げるなら、その場が「健全であるか」をフラットに観察することが大切かと思います。
このあたりの話は、また別の機会にじっくり書いてみますので、話を戻しましょう。
自己利益の追求は、やはりよろしくないよね、というお話です。
自己利益を優先するということは、つまり「周りからできる限りエネルギーを奪う」という行為になるわけですから、うまくいくはずがないのです。
パフォーマンスも悪くなり、生きる力も弱っていく
私は、ヨガ(ENQAN)や瞑想(SIQAN)は「生きる力を高める」ための実践であると考えています。
その逆、つまり「生きる力が弱まる」ような在り方であれば、それはもはやヨガではないということです。
自己利益の追求は生きる力を確実に弱めるので、極めて「非ヨガ的」であると言えます。
「自分さえ良ければいい」という精神状態では、本来のパフォーマンスも著しく下がります。
なぜなら、パフォーマンスそれ自体を高めることに純粋にリソースを集中するのではなく、「どうすれば自分の利益が上がるか」という損得勘定にリソースを分散させてしまうからです。
常に考え事をしながらポーズをとっているようなものです。
しかも自己利益ですから、全体のバランスを見ずに「自分が、自分が」という狭い自我に囚われていってしまいます。
本当に、良いことが一つもありませんね。
そして、そういった人々は、やがて「他人を蹴落とすこと」にリソースを割くようになります。
自己利益というのは相対的なものだと勘違いしているため、精神的に弱い人は「自分が努力して練習する」のではなく、「周りが練習しないように足を引っ張る」という戦略を採用し始めます。
自己利益追求の人にとっては、相対的に自分が上に立つことだけが目的なのです。
わかりやすい例で言うと、学生時代に、自分のテスト勉強はそこそこにしておいて、周りがテスト勉強できないように邪魔をするという振る舞いです。
自分が1時間勉強して、周りが2時間勉強している環境では、自分が3時間勉強しないと相対的な利益(優位性)が上がりません。
だから、自分が勉強する時間は1時間のまま据え置きにして、周りの人たちの勉強時間を30分、0分へと減らすように邪魔をするわけです。(悲しいことに、これを無意識にやってしまっている人の方が多い気がします)
ヨガのコミュニティにおいても、残念ながらそのような振る舞いをする人が一定数存在します。
他人の集中を削ぎ、蹴落とすことに時間とエネルギーを費やして、どうやって自分自身のヨガが上達するのでしょうか。
もちろん、上達するはずがありません。
そんなことばかりしていたら、エネルギーが滞り、体調も悪くなるでしょう。
深い自己嫌悪にも陥ることでしょう。(もっとも、そういう人は自己嫌悪すら感じないのかもしれませんが)
他人から奪うことで瞬間的に自己利益を得られることはあるかもしれませんが、長期的には絶対に良い方向には行きません。
それは人生という長い道を歩む上でも、ヨガ(BORN TO YOG)や瞑想(SIQAN)を深く楽しむ上でも、完全に逆方向のベクトルの動きです。
ですから、私たちは自己利益追求型の活動に陥るのではなく、「みんなのパフォーマンスを上げる」ことにフォーカスすれば良いのだと思います。
他人のパフォーマンスを上げると、自分のパフォーマンスも最大化する
自分自身のパフォーマンスが最も高まるのは、どんな時でしょうか。それは、「全体のパフォーマンスが上がっている時」です。
クラス全体が快適で、みんながのびのびとヨガに没頭できていると、自分のパフォーマンスも自然と引き上げられます。
周りの人たちが気持ちよく動いていると、その良い「気」や流れに乗ることができるのです。
逆に、周りがギスギスしていると、その重苦しい波動はこちらにも必ず伝わってきますよね。
自分が一生懸命に、そして楽しく練習している時に、誰かに邪魔されたり悪口を言われたりすると、人は無意識のうちに「楽しむこと」をセーブしてしまいます。
出る杭は打たれるというように、目立たないように、パフォーマンスをわざと下げるのです。(学校のテストで、いじめられないようにわざと高得点を取らないようにする人がいるように)
ギスギスしている人たちのパフォーマンスは、当然下がります。
つまり、みんなで協力して「パフォーマンスを下げるプロジェクト」を一生懸命回している状態です。
お互いに能力を落とし、コミュニケーションの感度を下げ、効率よく辛くなっていく。
本当に、馬鹿みたいですよね。
ですから、私たちは「みんなでパフォーマンスを上げ合う」ことを選びましょう。
周りが快適に練習できるように配慮して振る舞い、そして自分自身も最高に快適にやっていく。
不平不満や文句を言わずに、ただその場を全力で楽しめばいいのです。
ヨガでパフォーマンスを上げるコツは、極論すれば「それだけ」と言っても過言ではありません。
全体の空気を高めることに貢献すると、結果として「自分のパフォーマンスが最大限に発揮される」というご褒美が待っています。
ヨガのマットの上でも、仕事場でも、そのような意識を持てると素晴らしいですね。
せっかくなら、パフォーマンスを上げていきたいですよね。
せっかくなら、心地よく上達していきたいですよね。
みんなが快適に、楽しく過ごせるように自らも振る舞っていく。それが唯一の「正解」かと思います。
自分も周りも、両方が快適でイキイキと活動できるようになるには、どうしたらいいか。
そのような素晴らしいメンバーで場を作っていくには、どうしたらいいか。
そこを真剣に考えて実践していくことも、立派な「ヨガ」なのだと思います。
終わりに:歳を重ねるごとに、意図的に「頑固さ」を減らしていく
歳を重ねると、人はどうしても外からの新しい情報を自分の中に入れにくくなります。
「自分は分かっている」という自我が固まり、そういう風に人間ができてしまっている部分も大きいと思います。
だからこそ、歳を重ねるごとに「意図的に頑固さを減らしていく」と決心することが大切だと思っています。
なかなか難しいことですが、視野を広く保ち、一度頭を空っぽにして、若い世代の人たちともフラットに話さなければなりません。
これは、しっかりと「広い心を持つぞ」という強い意志を持つことが不可欠です。
なぜなら、強い気持ちを持ったとしても、人間の本来の性質(老化による保守化)を考慮すれば、ようやくそれで「トントン(現状維持)」だからです。
頑固さを減らす気持ちがない方は、そのまま「頑固まっしぐら」の道を転げ落ちていきます。
減らそうという強い気持ちを持ち続けて、ようやく今の柔軟性を保てる。
だからこそ、強い意志が必要だと感じるのです。
引き続き、どうぞよろしくお願いします。
ではでは。
Q&A
Q: ヨガの練習中、どうしても周りの人のポーズと自分のポーズを比べて落ち込んでしまいます。どうすれば競争心や自己利益の追求を手放せますか?
A: 周りと比べてしまうのは、人間の自然なエゴの働きなので、まずは「比べている自分」に気づき、それを否定しないことです。EngawaYogaでお伝えしているように、練習中は「他者のパフォーマンスを上げる(場を良くする)」ことに意識を向けてみてください。心の中で「周りの人が心地よく呼吸できますように」と願うだけでも、自分の内側にある競争心がスッと抜け、結果的に自分の身体の力みが取れて、アーサナが深く心地よいものへと変化していくのを実感できるはずです。
Q: 「頑固さを減らす」ために、日常生活で具体的にできる小さなアクションはありますか?
A: 最も簡単なアクションは、誰かの意見や新しい提案に対して、無意識に「でも」や「だって」と言い返すのをやめ、まずは「なるほど、そういう視点もあるね」と一度受け止める習慣をつけることです(JIQANの自己統合のプロセス)。また、自分が普段絶対に選ばないような本を読んでみたり、いつもと違う道を歩いてみたりするのも良いでしょう。頭を空っぽにして(SIQAN)、未知のものに「遊び心」を持って触れることが、心の柔軟性を保つ最高のトレーニングになります。


