インサイトマップで出てくる”中毒”は中学生の頃からあって、結局中毒でいろんなことをこなしていた【ヨガインストラクター日記ブログ】Kiyoshi vol86

ヨガライフ-東京日記

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インサイトマップを書いているといろんなことがわかってきます。

インサイトマップを書いてわかったことの一つが”中毒”です。

私は中毒的にものを取り組むことで達成する癖があります。

中毒をもってやっていくことで達成することを成功体験にして、いつも中毒を起こしてやり遂げようとするのです。

中学頃からの癖ですね。

小学校の頃はもっと”のほほん”としていたみたいです。

人によっては、根性でやっていたり、計画して淡々とやったり、興味本位であったり、仲間とのチームプレイに喜びを感じたり、あると思います。

私は中毒系でした。

 

癖を知る

癖ってありますね。

「それ癖だよね」と言われたりもしますが、大人になると大概は言ってもらえません。

相談事を人にすると、相手はいつもの話だなと思っていることでしょう。

本人は違うことを相談していると思います。

でも、結局はいつもの話なのです。

迷いごとは一緒。

悩み事は一緒。

相談事は一緒。

私でいえば、「中毒」と「怠け心」と「人への教育」の三つ。

これが必ず課題に上がります。

相談事も一緒なのですよ。

対象は色々と変化することでしょう。

人間関係なのか仕事なのか、他のことなのか。

でも構造は一緒。

本当に似ていると思います。

それが大きな癖ですね。

いかがでしょうか。

ありますよね。

よく相談する相手がいれば、聞いてみるといいと思います。

大きく3つとか5つとかに分類できるんじゃないですか。

下手したら1つかもしれないですしね。

 

パターンはある

癖のパターンはいくつかあると思います。

人によって数は異なるでしょう。

普通は複数あるものです。

ですので、その場でいろんな癖で苦悩を作っているわけです。

もしくはやり遂げるようにしているわけです。

そのパターンを見つけておくと便利です。

いつものあれかとわかる。

あれだとわかれば対処もしやすいですね。

「この後は、いつも怒りに身を任せて壊しにかかってしまう」とか。

そういった感情や心の動きに気づく訓練をしておくともっと楽にわかります。

早くに気づくのでいつもの罠にハマらなくてすみます。

気楽にやっていくにも自分を知ることはいいと思いますよ。

 

そんなこんなですが、すべては移ろいゆく

そのような思いも結局は過ぎ去っていきます。

癖に翻弄される必要もありません。

そういったことが起こったらそれで終わりですね。

気づけば終わっていきます。

握りしめないようにして流していけばなくなっていきます。

そういう風になっていますのでご安心ください。

深く観じていくのはSUWARUなどでは実践してもらっていますが、普段の生活でやるのは難しい人も多いかもしれないですね。

ですので、見える化するのもインサイトマップなどでやるのも今は有効に観じています。

私もまだまだでございます。

前は、もうすこしマッチョに考えていて、観察してればいけるだろうと思っていました。

でも、インサイトマップやヨガのような使えるツールがあれば使った方がいいですね。

瞑想だけでも多くの人はいけると思います。

だから、仏教の瞑想法も現代に残っているのですからね。

それとは別に、客観的に見る道具としてインサイトマップもいいなと思ったわけです。

中学からの中毒癖もわかりましたし。

ヨガクラスでこんな話をしたら「きよしさんは情熱や根性でやりきってきたのではないのですか?」と聞かれました。

それも一部にはありますが、どちらかというと中毒ですね。

根性でやり切るというのもあるのですが、どちらかというと私は中毒系でして、ハマるといくらでもやれてしまうのです。

これはエゴの暴走でもありますので、私も観察していく必要があるわけですね。

少しずつ続けていけば静まらない感情はないのですので、根気よく瞑想やインサイトマップを続けていくと良いと思います。

 

終わりに:世界は続く

マーヤという言葉があります。

サンスクリット語で幻想という意味です。

参考記事:マーヤ(サンスクリット語では幻想)という言葉があり、この世界はマーヤであるらしい

この世界は幻想であるというわけです。

実際に妄想の産物ですからね、幻想と捉えてもいいわけです。

幻想だからと言って、思い通りにはならないわけです。

思い通りにしようと思うことが、苦しみを産んでるわけですからね。

そこを見定めていくことが肝要です。

思いの発露を見ていきましょう。

どんなに観察しても、今起こることが起こっているだけですし、その瞬間瞬間は起き続けます。

世界は一瞬にして誕生し、一瞬にして破壊されていき続くのです。