ヨガは煩悩を減らしていく伝統的な方法です。
現代社会は煩悩をむしろ拡大してしまうことが多くなっています。
今はAIが盛んになっていますが、その煩悩部分(思考部分)を担当してくれると世界も変わるのかもしれません。
真我からの本音を行動していけるようになりたいものです。
煩悩ということでは、ヨガは煩悩を減らすメソッドです。
ですが、現代の価値観でやりすぎてしまうと、ヨガで煩悩を増やしていくことになってしまうこともあります。
これは本来のヨガから離れたからだと言う方もいらっしゃいますが、それが本質的な原因とは私は思っていません。
原因は単純で煩悩を満たすことが幸せだと思っているからです。
「欲望を満たすことが幸せであり、欲望を満たせないことは不幸である」そのように思っている方がヨガをその欲望を満たすために使用しています。
例えば、痩せたいとか綺麗になりたいとかですね。
とてもわかりやすいものです。
ヨガインストラクターでは有名になりたいとかお金を稼ぎたいというものですね。
これも非常にわかりやすい煩悩です。
ヨガでも他の宗教的なものでも、こういった煩悩が不幸に始まりであるから、減らしていこう(もしくは無くそう)という趣旨のものが多いと思います。
ヨガは今は煩悩の肥大の道具として使われてしまっているのです。
綺麗な格好をしてSNSでいいねを欲しがるヨギー
綺麗な格好をしてSNSでいいねを欲しがるヨギーというのはとても変なのです。
ヨガ的には変なことになってしまっています。
じゃあこれが変なら、肉食ヨギーもダメなのか。
練習してないヨギーはダメなのか。
などなど定義の話になっていきそうです。
どこまで許容するのかという話をしたいわけではありません。
変なものは変だという話です。
「変でもあり」「矛盾しててもそれはそれ」というのも当然ありです。
そう、ありなのです。
ですが、変です。
肉を食べるヴィーガンというような風に見えてしまうわけです。
それはやっぱりおかしい。
SNSを一生懸命にやっている露出の多い方々は100%ヨギーではない、と言い切ることは難しいですが、まぁ察することはできると思います。
SNSをやっていることがヨガではない、という意味ではなく煩悩を増大させる形でSNSを活用しているということを言っています。
SNS批判ではありません。
コンプレックスを刺激するような投稿を敢えてしているのも変ですよね。
スムージーを飲みたがるヨギー
スムージーを飲みたがるヨギー多いですよね。
健康志向なだけだとは思いますけど。
スムージーとヨギーは無関係です。
ほぼ無関係という方がいいかもしれません。
スムージーは調理というか食事法の話で、ヨーガ・スートラには出てきません。
ヨギーとして修行するのにミキサーなどのを使いスムージーを飲むのが必要だと判断したのでしたらありなのでしょう。
先ほどの話しと一緒で、スムージーアピールになると途端に怪しくなる。
もちろん、スムージーは例えです。
同じように記号を駆使しているならば、それは危ない。
危険な領域に入っていると思います。
他にも、
- ポーズができることしか考えていないヨギー
- 自己満足しか考えていないヨギー
- 稼ぐことしか考えていないヨギー
などなど色々とあるでしょう。
呼吸法や瞑想も全くやっていない人もいるそうですが、なんというか、ビジネスにするにしてももう少しあるだろうとは思います。
終わりに:思考が静かになること
ヨガの目的は心の作用を止滅することです。
簡単に言ってしまえば、自動思考が無くなることです。
深刻さや苦しみが抜け落ちていきます。
そのような状態を目指します。
そのための方法がまとまっているのがヨガです。
そのヨガを使って、心の作用を豊かにしてしまっては道が間違っています。
自動思考を止める気が全くない人はヨガはやらない方が良いのかもしれませんね。
ということで、ヨガをやっていくと幸福になっていくわけですが、やり方を間違えてしまうとただエゴを拡大して終わってしまうかもしれないという話しでした。






