ヨガを推奨しております。
それは、ヨガが単なる健康体操ではなく、滞った人生の流れを再び循環させるための、最も原始的で、かつ洗練された「スイッチ」だからです。
生きていれば、誰にでも「行き詰まり」を感じる時は訪れます。
仕事で良いアイデアが浮かばない、人間関係がギクシャクして進展しない、あるいは、特段悪いことは起きていないはずなのに、なんとなく毎日が重苦しく、未来に霧がかかったように感じる。
まるで、出口のないトンネルの中で立ち尽くしているような感覚。
そんな時、私たち現代人はどうするでしょうか。
多くの人は、頭を使って解決しようとします。
「なぜこうなったのか?」と原因を分析し、「どうすれば打開できるか?」と策を練り、ネットで情報を検索し、自己啓発本を読み漁る。
しかし、不思議なことに、考えれば考えるほど身体は重くなり、心は泥沼にはまったように動かなくなっていくものです。
今日は、そんな停滞期にこそ思い出していただきたい、ヨガの根本的な教えについてお話しします。
「行き詰まったら、動かすと動く」。
このあまりにもシンプルな真理が、いかにして私たちの身体、心、そして魂のレベルに作用し、現実を変容させていくのか。
縁側でお茶でも飲みながら、少し耳を傾けてみてください。
もくじ.
思考の迷宮と「タマス(暗質)」の罠
ヨガの哲学では、自然界のエネルギーを3つの性質(グナ)に分類します。
サットヴァ(純質・調和)、ラジャス(激質・活動)、そしてタマス(暗質・怠惰・停滞)です。
私たちが「行き詰まり」を感じている時、心身は間違いなくこの「タマス」の状態に支配されています。
タマスは重く、暗く、変化を拒むエネルギーです。
現代社会は、一見すると忙しく動き回っているように見えますが、その実態はデスクワークやスマホの凝視といった「不動の姿勢」が中心です。
身体は動かず、頭だけが高速回転している。
これは、エネルギー的に見れば非常にアンバランスで、タマスを蓄積しやすい状態と言えます。
「悩み」というものは、ほとんどの場合、静止した状態で増幅します。
部屋に閉じこもり、椅子に座り続け、同じ思考のループを繰り返す。
これは、腐った水が淀んでいくのと同じです。
思考だけで思考の問題を解決しようとするのは、泥のついた手で泥を拭おうとするようなもので、状況をより混濁させるだけなのです。
器(身体)を動かせば、中身(心)も動く
では、どうすればこのタマスの重力から抜け出せるのでしょうか。
答えは驚くほど単純です。
「物理的に動く」ことです。
心と身体は、別々のものではありません。
「心身一如(しんしんいちにょ)」という言葉があるように、これらはコインの裏表であり、密接にリンクしています。
心がガチガチに固まっている時は、例外なく身体(特にお腹や肩甲骨周り)も固まっています。
逆に言えば、身体を物理的にほぐし、動かしてしまえば、リンクしている心も強制的に動かざるを得なくなるのです。
ヨガのアーサナ(ポーズ)は、まさにこのために設計されています。
背骨をねじる、股関節を開く、逆立ちをする。
これらの動きは、日常では使われない筋肉や関節を刺激し、身体という「器」にへばりついた錆びを落としていきます。
器が揺り動かされれば、中に入っている水(感情や思考)も波打ち、滞っていたものが流れ出します。
「やる気が出たら動く」のではありません。
「動くから、やる気が出る」のです。
脳科学的にも、身体を動かすことでドーパミンやセロトニンといった神経伝達物質が分泌されることは証明されていますが、ヨガの実践者は数千年前からこの真理を知っていました。
行き詰まった時こそ、マットの上に立つ。
太陽礼拝を一度するだけで、あるいは散歩に出るだけで、世界の見え方がガラリと変わる体験をしたことがあるはずです。
それは、あなたの抱える問題が解決したからではありません。
あなた自身の「周波数」が変わったから、問題が問題として映らなくなったのです。
エネルギー(プラーナ)の循環と運命の好転
もう少しスピリチュアルな視点、つまりエネルギー(気・プラーナ)の観点から見てみましょう。
私たちの体内には、ナディと呼ばれる無数のエネルギーラインが走っています。
行き詰まりとは、このナディのどこかが詰まり、交通渋滞を起こしている状態です。
エネルギーは、流れている状態が正常であり、それが「生きている」ということです。
お金も、愛情も、仕事も、すべてはエネルギーです。
これらは溜め込むものではなく、循環させるものです。
身体を動かすということは、ポンプを押して、この循環を強制的に再起動させる行為に他なりません。
ヨガでは「カルマ(業)」という言葉を使いますが、カルマの語源は「クリ(行為する)」です。
つまり、カルマとは本来「アクション」そのものを指します。
運命(カルマ)を変えたければ、アクションを起こすしかありません。
じっと考えていても、カルマは変わりません。
ほんの少し、指先を動かすだけでもいい。いつもと違う道を歩くだけでもいい。
物理的な「動き」は、バタフライ・エフェクトのように波紋を広げ、やがて現実というスクリーン上の景色を変えていきます。
スピリチュアルなアドバイスとして申し上げるならば、
「現実に抗うのをやめて、流れを作ること」です。
壁にぶつかっている時、私たちは壁を押そうと必死になります。
しかし、動いていないのは壁ではなく、あなた自身かもしれません。
ヨガをする、掃除をする、断捨離をする。
目の前の空間を動かすことで、澱んでいた空気が入れ替わり、そこに新しい「ご縁」や「機会」が流れ込んでくるスペース(空)が生まれます。
風通しの良い場所に、良い気は宿るのです。
現代人が取り戻すべき「野生の知性」
現代人は、あまりにも「正解」を求めすぎています。
失敗しないように、効率的に、最短距離で。
そうやって頭で計算ばかりしているから、足が一歩も出なくなるのです。
しかし、私たちの身体は、頭よりもずっと賢い「野生の知性」を持っています。
動物を見てください。
彼らは悩みません。危険を感じれば逃げ、獲物がいれば走る。
行き詰まったら、場所を変える。
シンプルに「動く」ことで生きています。
私たちも、その動物的な感覚を取り戻すべき時が来ています。
「これをやって何の意味があるの?」という思考(エゴの声)を一度脇に置き、ただ身体が求めるままに動いてみる。
ヨガの練習において、私たちはよく「委ねる」という表現を使います。
それは、思考によるコントロールを手放し、身体の内側から湧き上がる生命のリズムに身を任せることです。
意味なんて、後からついてきます。
理由なんて、動いた後にわかります。
先に動くのです。
動かすと、動く。
これは物理の法則であり、宇宙の法則です。
終わりに:小さな一歩、大きな循環
もし今、あなたが深い霧の中にいるのなら、大きな決断をする必要はありません。
ただ、その場で深呼吸を一つすることから始めてみてください。
横隔膜が動き、肋骨が広がる。それも立派な「運動」です。
そして、もし少し力が湧いてきたら、縁側に出るように、外の空気を吸いに出てみてください。
あるいは、ENGAWA STUDIOで一緒に身体をほぐしましょう。
凝り固まった肩甲骨が動いた瞬間、あなたの人生の歯車も、再び静かに回り始めるはずです。
停滞は、次の飛躍のための「ため」の時期でもあります。
弓矢は、後ろに引かれるほど遠くへ飛びます。
今はじっと止まっているように思えても、身体さえ動かし続けていれば、エネルギーは確実にチャージされています。
信じて、ただ、動いていきましょう。
ではまた。


