身体の中に光を持ち続ける

365days

ヨガを推奨しております。
それは、ヨガが単なるストレッチや体操ではなく、私たちの内側に眠る「光」を思い出すための技術だからです。
「光」といっても、怪しい話ではありません。
あなたがふとした瞬間に感じる、言いようのない安心感や、静かな喜び。
あるいは、誰かのために純粋に行動できた時の、胸の奥が温かくなる感覚。
それが、あなたの内なる光の正体です。
ヨガの経典では、私たちの本質は「サット・チット・アーナンダ(存在・意識・至福)」であり、それは決して消えることのない光(ジョーティ)であると説かれています。
しかし、現代を生きる私たちは、日々の忙しさやストレス、不安といった「煤(すす)」で、その光を覆い隠してしまっているのです。

今日は、ヨガ本来の目的である「身体の中に光を持ち続けること」について、静かにお話ししてみたいと思います。

 

1. 私たちは「光」を食べる生き物である

少し不思議な話をしましょう。
私たちは食事から栄養を摂っていますが、ヨガの視点で見れば、それは「太陽の光」を食べていることと同じです。
野菜も、果物も、太陽の光を浴びて育ち、光合成によって光をエネルギーに変えています。
私たちはそれを食べることで、間接的に光を体内に取り込んでいるのです。
さらに言えば、私たちが吸い込む空気(プラーナ)もまた、光の微細な粒子のようなものです。
呼吸をするたびに、私たちは宇宙に満ちる生命エネルギー、すなわち光を身体の隅々まで循環させています。
しかし、ジャンクフードばかり食べたり、呼吸が浅くなったりするとどうなるでしょうか。
身体の中の光は弱まり、重く、暗いエネルギー(タマス)が支配するようになります。
身体がだるい、やる気が出ない、ネガティブな思考が止まらない。
それは、あなたの身体が「光不足」になっているサインかもしれません。
ヨガ的な食事(サットヴィックな食事)や呼吸法(プラーナヤーマ)は、身体の純度を高め、再び光を溜め込める器にするための準備なのです。

 

2. 姿勢が光の通り道を作る

なぜ、ヨガではあれほど姿勢(アライメント)を気にするのでしょうか?
「猫背だと格好悪いから」ではありません。
背骨(スシュムナー)が、光の主要な通り道だからです。
背骨が丸まり、胸が閉じていると、光の通路が物理的に圧迫されます。
すると、心臓にあると言われる精神的な光の座(アナハタ・チャクラ)も閉じてしまい、気持ちまで塞ぎ込んでしまいます。
逆に、背筋がすっと伸び、胸が開いているとき、光は脳天から尾骨まで、そして全身へとスムーズに流れます。
ヨガのアーサナ(ポーズ)は、この「光のパイプ」の詰まりを取り除き、掃除をするようなものです。
ポーズの完成度は問題ではありません。
大切なのは、そのポーズの中で、あなたの呼吸が光となって全身を巡っているイメージを持てるかどうか。
指先まで、足の裏まで、新鮮な光が届いている感覚。
それを味わうことこそが、アーサナの真髄です。

 

3. 意識の光で闇を照らす

私たちの心の中には、見たくない感情や、蓋をしてきた過去の記憶という「闇」が存在します。
怒り、嫉妬、恐怖、悲しみ。
多くの人は、これらを無かったことにしようと、心の奥底に押し込めます。
しかし、闇は押し込めれば押し込むほど、無意識下で力を持ち、私たちをコントロールしようとします。
ヨガのアプローチは、闇を排除することではありません。
ただ、「意識の光」を当てることです。
瞑想の中で、湧き上がってくるネガティブな感情に気づいたとき。
それを批判せず、嫌悪せず、ただ「ああ、ここに怒りがあるな」と、懐中電灯で照らすように観てあげる。
闇は、光に照らされると存在できません。
正体不明の怪物だと思っていた影が、光を当ててみれば、ただの小さな石ころだったと気づくようなものです。
「気づく(Awareness)」こと。それが、最強の光です。
自分自身の内側にあるどんな醜い部分にも、勇気を持って光を当てていく。
それが、ヨガによる自己浄化(シャウチャ)のプロセスです。

 

4. あなたが光れば、世界も光る

「身体の中に光を持ち続ける」ということは、自分だけの満足のためではありません。
あなたが整い、穏やかで、内側から発光するような状態でいるとき。
その光は、自然と周りの人にも伝播します。
機嫌の悪い人の近くにいると嫌な気分になるように、光を持っている人の近くにいると、人は理由もなく安心し、癒やされます。
言葉で何かを教えたり、助けたりしなくてもいいのです。
ただ、あなたがあなた自身の光を保ち、そこに存在していること。
それだけで、家庭が、職場が、社会が、少しだけ明るくなります。
ヨガの実践者が目指すべきは、灯台のような存在です。
嵐の夜でも、変わらずそこに立ち、光を放ち続けること。
それが、迷える誰かの道しるべになることもあるでしょう。

 

終わりに:光はすでにそこにある

最後に、大切なことをお伝えします。
光は、どこか外から持ってくるものではありません。
「悟り」や「覚醒」といった特別な体験をして手に入れるものでもありません。
雲の上には常に太陽があるように、あなたの内側には、生まれた時から変わらず、完全な光が輝いています。
今はただ、雲(思考やエゴ)が厚くて見えないだけかもしれません。
ヨガは、その雲を少しずつ吹き払い、「ああ、最初からここにあったんだ」と思い出すための旅です。
どうか、ご自身の内なる光を信じてください。
そして、その光を大切に守り育ててください。
身体の中に光を持ち続けること。
それこそが、私たちがこの世界に生まれてきた、最も美しい目的の一つなのだと思います。
ではまた。



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Kiyoshiクレイジーヨギー
*EngawaYoga主宰* 2012年にヨガに出会い、そしてヨガを教え始める。 瞑想は20歳の頃に波動の法則の影響を受け瞑想を継続している。 東洋思想、瞑想、科学などカオスの種を撒きながらEngawaYogaを運営し、ENQAN(ヨガ)、JIQAN(内観)、瞑想指導にあたっている。SIQANという日本一簡単な緩める瞑想も考案。2020年に雑誌PENに紹介される。 「集合的無意識の大掃除」を主眼に調和した未来へ活動中。