ヨガを推奨しております。
それは、ヨガがポーズをとる体操ではなく、生き方そのものを調律する「気づき(サティ)」の実践だからです。
マットの上で行うことだけがヨガではありません。
一日の終わりに、静かにノートを開き、今日という一日を見つめ直す時間。
それもまた、立派なヨガ(スヴァディヤーヤ=自己探求)の実践なのです。
今日は、私たちの心を豊かにし、視点を変えるシンプルな習慣、「受け取ったものを書き出すこと」についてお話しします。
もくじ.
現代社会の病:「足りない」という呪い
私たちは今、強迫的なまでの「不足感」の中に生きています。
朝起きれば「睡眠時間が足りない」と思い、鏡を見れば「美しさが足りない」と嘆き、通帳を見ては「お金が足りない」と不安になり、SNSを見ては「承認が足りない」と焦る。
資本主義社会は、この「足りなさ」を燃料にして回っています。
「あなたはまだ不完全です。だからこの商品を買って埋め合わせなさい」と、広告は一日中私たちに囁きかけます。
この「ないもの探し」の眼鏡をかけて世界を見ている限り、私たちは永遠に満たされることはありません。
どれだけ手に入れても、すぐに次の「足りない」が見つかるからです。
それはまるで、底の抜けたバケツに水を注ぎ続けるような、終わりのない苦行です。
現代人の多くが感じている慢性的な疲労感や空虚感の正体は、この「奪われている感覚」「持っていない感覚」に起因しているのではないでしょうか。
視点の転換:「ある」を見る練習
ヨガの教えに「サントーシャ(知足)」というものがあります。
「足るを知る」と訳されることが多いですが、これは「我慢して満足しなさい」という説教ではありません。
「今、すでにここにある豊かさに気づく感度を上げなさい」という、極めて実践的なアドバイスです。
そのための具体的なプラクティスが、「今日受け取ったものを書き出すこと」です。
ノートとペンを用意して、今日一日を振り返ってみましょう。
「何か特別なプレゼントをもらったわけではないし、書くことなんてない」と思うかもしれません。
しかし、本当にそうでしょうか?
- 朝、目が覚めたこと。(命というギフトを受け取った)
- 蛇口をひねったら水が出たこと。(安全な水を受け取った)
- 電車が時間通りに来たこと。(誰かの労働とシステムを受け取った)
- コンビニの店員さんが「ありがとうございました」と言ってくれたこと。(言葉を受け取った)
- 道端の花が綺麗だったこと。(視覚的な喜びを受け取った)
- 太陽の光が暖かかったこと。(宇宙からのエネルギーを受け取った)
- 心臓が一度も休まず動いていたこと。(生命の神秘を受け取った)
こうして書き出していくと、私たちは驚くべき事実に気づかされます。
私たちは、何かを「した(Do)」から生かされているのではなく、圧倒的なまでの「恩恵」を一方的に受け取り続けることで、辛うじて生かされている存在なのだと。
スピリチュアルな真実:受け取り下手は、与え下手
スピリチュアルな視点から見ると、宇宙は常に無限のエネルギー(プラーナ)を私たちに注ぎ込んでいます。
愛、豊かさ、インスピレーション、生命力。
それらは常に降り注いでいるのですが、私たちが「足りない、足りない」と下を向いて穴を掘っているせいで、背中に降り注ぐ光に気づいていないだけなのです。
「受け取る」ことを自分に許可してください。
罪悪感を持つ必要はありません。
「こんなに受け取っていいのだろうか」と遠慮することもありません。
あなたが喜びを持って受け取るとき、宇宙の循環(サーキュレーション)はスムーズになります。
そして、十分に受け取って満たされた人は、自然と周りに溢れ出させる(与える)ことができるようになります。
コップの水が溢れるように、努力せずとも優しさや笑顔がこぼれ落ちるのです。
逆に、自分が受け取っていることに無自覚なまま「与えなければ」と頑張ると、それは自己犠牲となり、やがて枯渇し、見返りを求めるようになります。
「こんなにしてあげたのに」という怨念は、自分が満たされていないことから生まれます。
まずは、あなたが満たされること。
それが、世界への最大の貢献なのです。
書くことの効能:脳のフィルターを書き換える
なぜ「書き出す」ことが重要なのでしょうか。
それは、脳のRAS(網様体賦活系)というフィルター機能を書き換えるためです。
脳は、意識した情報だけを集める習性があります。
「赤い車」を意識すれば街中に赤い車が増えるように、「受け取ったもの」を探そうと意識すれば、脳は一日中「ありがたいこと」を探し始めます。
寝る前の5分間、ノートに向かう習慣をつけてみてください。
今日あった嫌なことや、失敗したことを反芻するのではなく、「何を受け取ったか」にフォーカスして一日を終えるのです。
すると、眠っている間の潜在意識の処理が変わります。
「私は愛されている」「私は守られている」「私は豊かだ」という前提で、明日という一日が再構築されます。
朝起きた時の気分の違いに、きっと驚くはずです。
終わりに:すべてはギフトである
ヨガの聖典『バガヴァッド・ギーター』では、行為の結果に執着せず、すべてを神(大いなるもの)への捧げ物としなさいと説きます。
これは逆もまた真なりです。
私たちに起こるすべての出来事は、大いなるものからのギフトです。
一見ネガティブに見える出来事でさえ、「気づき」や「成長の機会」、「忍耐の練習」という形のギフトかもしれません。
今日、あなたは何を受け取りましたか?
誰かの笑顔、温かいお茶、心地よい風、あるいは静かな時間。
どんなに些細なことでも構いません。
それを言葉にして、紙の上に書き留めてみてください。
その文字の向こう側に、あなたを支え、包み込んでいる巨大な愛のネットワークが見えてくるはずです。
世界は、あなたが思っているよりもずっと、あなたに優しい場所かもしれません。
そのことに気づくことが、ヨガの始まりです。
ではまた。


