人生を「主体的」に遊ぶためのヨガ哲学。BTY、アート、音楽を深め、全方位的に生きる

365days

人生を「主体的」に生きたいと願うこと。
それは、現代という荒波の中で、私たちが人間としての尊厳と輝きを取り戻すための、最も根源的な祈りなのかもしれません。
そして、その探求の道のりは、ヨガのみならず、BTY、瞑想、スポーツ、音楽、アートといった、あらゆる表現領域を深めていく旅へと繋がっています。

今日は、これら一見バラバラに見える活動を、一つの「生きる技法」として統合し、全方位的に人生を深めていくための智慧について、静かにお話ししたいと思います。

 

「主体的」であることの本当の意味

まず、「主体的」であるとはどういうことでしょうか。
多くの人はこれを「自分の意志で、ガツガツと行動すること」や「状況をコントロールすること」だと捉えがちです。
しかし、ヨガ的な視点、そして現代思想的な視点から見れば、それは少し違います。

現代社会は、私たちから主体性を奪う装置で溢れています。
スマホを開けばアルゴリズムが「あなたが好きそうなもの」を勝手に提示し、巨大な組織や流行という名の「振り子(ペンデュラム)」が、私たちの感情を揺さぶり、エネルギーを搾取しようと待ち構えています。
そんな中で、肩に力を入れて「私が、私が」とエゴを肥大化させることは、むしろ流れに逆らい、消耗を生むだけです。

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真の主体性とは、力むことではありません。
それは、「選ぶ」ということです。
無限に広がる可能性の空間(バリアントの空間)から、自分が体験したいリアリティを、静かに、しかし断固たる意図を持って「選択」すること。
流されるのではなく、かといって川の流れと戦うのでもなく、自らの舵を持って、進みたい方向へと舟を向けること。
それが、私たちが目指す「主体的な生き方」です。

 

BTYとヨガ:身体という小宇宙を深める

そのための基盤となるのが、身体です。
特にBTYのようなダイナミックなヨガの実践は、現代人にとって非常に有効な「主体性の回復装置」となり得ます。

BTYは、圧倒的な集中と、限界への挑戦を遊び心を持って行います。
逆転のポーズや、後屈の深まり。そこには「迷い」が入り込む隙間はありません。
「できるか、できないか」ではなく、「やるか、やらないか」。
そのシンプルさが、複雑になりすぎた私たちの思考回路を断ち切り、身体の野性を呼び覚まします。

ヨガの本質は「ユジュ(Yuj)=結ぶ」ことにあります。
それは、バラバラになった心と身体、そして自分と世界を再び結び直す作業です。
マットの上で、指先の感覚、呼吸の音、筋肉の震えに全神経を注ぐとき、私たちは「過去の後悔」や「未来の不安」から切り離され、純粋な「今」という時間にアンカーを下ろすことができます。
身体を深めることは、この現実世界にしっかりと根を張ること(グラウンディング)と同義なのです。

 

アート、音楽、スポーツ:すべての道は「サマディ」へ通ず

では、音楽やアート、スポーツはどうでしょうか。
これらはヨガとは別の趣味でしょうか?
いいえ、本質においては全く同じものです。

ピアニストが演奏に没頭し、自分とピアノの境界線が消える瞬間。
ランナーが走る行為そのものになりきり、苦しさが消えていくランナーズハイの瞬間。
画家がキャンバスに向かい、筆が勝手に動き出すような感覚。

これらはすべて、ヨガで言うところの「サマディ(三昧・没入)」の状態です。
「私」という主語が消滅し、行為そのものと一体化している状態。
これを心理学では「フロー体験」や「ゾーン」と呼びますが、呼び方は何でも構いません。

人生を深めていくとは、この「サマディ」の時間を日常の中に増やしていくことです。
音楽を聴くのではなく、音楽になる。
絵を描くのではなく、絵という現象の一部になる。
その領域において、ジャンルの壁は存在しません。
全ては、私たちが本来持っている生命エネルギー(プラーナ)の、異なる周波数でのダンスに過ぎないのです。
ですから、あれもこれもと欲張りに深めていけばいいのです。
それは散漫なことではなく、あなたの魂が持つ多面的な輝きを磨くことに他なりません。

 

現代社会の「過剰ポテンシャル」から自由になる

しかし、ここで一つだけ注意が必要です。
「すべてを深めよう」と意気込むあまり、そこに「執着」や「重要性」を持たせすぎないことです。

「もっと上手くならなければ」「評価されなければ」「結果を出さなければ」
現代社会は私たちに、常に成果と向上を求めます。
しかし、この「過剰な重要性(過剰ポテンシャル)」こそが、私たちの自然な流れをせき止め、主体性を奪う最大の原因です。
何かを強く求めすぎると、世界はバランスを取ろうとして、逆にそれを遠ざける力が働きます。

スピリチュアルなアドバイスをするならば、「重要性を下げなさい」ということです。
ヨガも、アートも、仕事も、人生そのものも、すべては壮大な「遊び(リーラ)」です。
真剣に遊ぶけれど、深刻にはならないこと。
「絶対にこうならなければならない」という握りしめた拳を開き、「まあ、どう転んでも大丈夫だ」という軽やかさを持つこと。

この「脱力」こそが、最強のパフォーマンスを生み出します。
力を抜いて、リラックスして、ただ目の前のことに没頭する。
その時、あなたの魂と理性は一致し、意図(インテンション)はスムーズに現実化していきます。

 

全方位的に生きるということ

人生を主体的に生きるとは、自分という存在を一つの「作品」としてクリエイトしていくことです。
朝、一杯のコーヒーを淹れる所作も、ヨガのアーサナも、仕事でのプレゼンテーションも、友人と語らう時間も。
そのすべてに、意識の光を当て、丁寧に向き合っていく。

ヨガを深めることで、身体の微細な感覚に気づけるようになります。
その繊細な感覚は、音楽の響きをより深く味わう助けになるでしょう。
アートで培った創造性は、ビジネスの問題解決に新たな視点をもたらすでしょう。
スポーツで養った胆力は、瞑想の静けさを支える土台となるでしょう。

すべては繋がっています。
何か一つを極めるのではなく、全方位的に、螺旋階段を登るようにすべてを深めていく。
それが、これからの時代に求められる、豊かで野性的な生き方です。

どうか、自分を小さな枠に閉じ込めないでください。
あなたは、あなたが思っているよりもずっと自由で、多才で、広大な存在です。
さあ、この縁側から、あなただけの全方位的な冒険を始めましょう。
そのための準備は、もうすでに整っているのですから。

ではまた。



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Kiyoshiクレイジーヨギー
*EngawaYoga主宰* 2012年にヨガに出会い、そしてヨガを教え始める。 瞑想は20歳の頃に波動の法則の影響を受け瞑想を継続している。 東洋思想、瞑想、科学などカオスの種を撒きながらEngawaYogaを運営し、ENQAN(ヨガ)、JIQAN(内観)、瞑想指導にあたっている。SIQANという日本一簡単な緩める瞑想も考案。2020年に雑誌PENに紹介される。 「集合的無意識の大掃除」を主眼に調和した未来へ活動中。