何を買うかも大事だけど何処で買い物をするかも大事

縁側日記

表参道や原宿の喧騒から少し離れた場所で、ヨガや瞑想、そして「手放すこと」を追窮しています。

今回は「何を買うか」だけでなく「何処で買い物をするか」というテーマから、私たちの生存戦略と消費の本質について考えていきたいところ。

買い物は何処でするべきか、という問いへの結論を先にお伝えしますと、ネットの利便性だけに依存せず、生活インフラとしての「地域の実店舗」の価値を再認識することが重要だと言えるでしょう。そして根本的には、災害時に備えて「物への依存を減らすミニマリズムの思想」を身につけることが鍵となります。

 

現代の消費とインフラの脆弱性

私たちは今、スマートフォンひとつで世界中から商品を取り寄せることができる時代を生きています。日常的にネット通販ばかりを利用する人も増えたことでしょう。確かに、ネットショッピングは非常に便利です。

しかし、自然災害が発生した時にはどうなるでしょうか。地震や台風などの大規模災害の際には、通信ネットワークや電力網、物流網といった日常的に使っているインフラシステムが突如として使えなくなります。道路が寸断されれば配送トラックは走れず、停電になればサーバーにアクセスすることすらできません。

ネットでの購入はもちろんできなくなり、遠くの巨大な倉庫にある物資は、私たちの手元には一切届かなくなるわけです。

 

地域の実店舗という最終防衛ライン

そうなった時、頼りになるのは街にあるお店や個人商店という存在。歩いて行ける距離に物理的な店舗があり、そこに在庫があるという事実が、私たちの命を繋ぐのです。最近では大手コンビニエンスストアが「災害支援コンビニ」として、有事の際に通信や電力を確保するような取り組みを進めていますが、巨大災害の前には広域の物流が途絶え、コンビニすらも商品が空になり機能しなくなる可能性が高いでしょう。

ネットもダメ、コンビニも空っぽ。そんな状況が数週間続くことも想定しなければなりません。だからこそ、日頃から自分が住む地域の商店と繋がりを持ち、地域経済という身近な「生活インフラ」を大切にしておくことが、結果的に自分自身を助けることにつながるはずです。

 

東洋思想と歴史的背景から読み解く消費システム

こうした状況を東洋思想の歴史的・思想的な背景から眺めてみると、現代の巨大な物流網はまさに「縁起(えんぎ)」の網の目であることがわかります。縁起とは、仏教の根本的な教えであり、「すべての存在は独立してあるのではなく、相互に依存し合って成立している」という関係性を指す専門用語になります。

現代社会のサプライチェーンは、世界中の見知らぬ人々の労働と資源が複雑に絡み合った高度な縁起のネットワークです。しかし、高度に最適化されすぎたシステムは、一つの結び目が切れるだけで全体が連鎖的に崩壊する脆さを持っているのです。これは「諸行無常(しょぎょうむじょう)」、つまりこの世のあらゆる事象は絶えず変化し、永遠に安定し続けるものはないという真理を、私たちに突きつけているのかもしれません。

古代インドから伝わるヨガの根本経典『ヨーガ・スートラ』には、「八支則(はっしそく)」と呼ばれるヨガの実践における8つの段階が記されています。その中に「サントーシャ(知足)」という教えがあります。サントーシャとは、外側に新しい何かを求め続けるのではなく、「今ここにある自分の状況や持ち物に満足し、内なる充足感に気づく」という知恵のこと。

ネットで次から次へと商品を消費する行為は、資本主義社会が作り出した「記号の消費」に巻き込まれている状態だと言えるでしょう。メディアや広告によって植え付けられたフェイクの欲望に踊らされ、心が常に外側に引っ張られているわけです。

 

ミニマリズムという究極の防災対策

では、災害によるインフラ崩壊が避けられない無常の世において、私たちはどう生きるべきなのでしょうか。その答えの一つが「ミニマリズム」の実践にあると考えています。

防災と聞くと、水や食料、防災グッズを大量に買い込んで備蓄することを思い浮かべるかもしれません。もちろん最低限の備えは必要ですが、それ以上に大切なのは「少ない物で生きられる心と身体を作っておくこと」です。

人生を変えたい時、私はよく「断捨離をして物を減らしましょう」とお伝えしています。物への執着を手放し、本当に必要なものだけで暮らすミニマリズムの思想は、そのまま災害に対する究極の防御となるのです。普段からたくさんの物に囲まれ、高度なインフラに依存して生きていると、それを失った時の苦痛は計り知れません。

抽象度を少し高く保ち、日常の些細なことに喜びを見出せるようになれば、物質的な消費に過剰に頼る必要はなくなっていくでしょう。EngawaYogaのセッションでも、内観(自問自答を通じて自己の内面を深く見つめるワーク)やSIQAN(日本一簡単な緩める瞑想)を通じて、心身の余分な力みや執着を落としていくことを重視しているのです。

自分が「何を買うか」だけでなく、「何処で買うか」を意識し、地域とのつながりを持つこと。そして最終的には、サントーシャの精神で「買わなくても満たされている自分」に気づくこと。これこそが、どんな災害やインフラ崩壊が起きても揺るがない、真の豊かさへの王道ではないでしょうか。

少しのリスクや不便さを楽しみながら、身軽で自由なヨギーとしての生き方を共に探求していきましょう。

 



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Kiyoshiクレイジーヨギー
*EngawaYoga主宰* 2012年にヨガに出会い、そしてヨガを教え始める。 瞑想は20歳の頃に波動の法則の影響を受け瞑想を継続している。 東洋思想、瞑想、科学などカオスの種を撒きながらEngawaYogaを運営し、ENQAN(ヨガ)、JIQAN(内観)、瞑想指導にあたっている。SIQANという日本一簡単な緩める瞑想も考案。2020年に雑誌PENに紹介される。 「集合的無意識の大掃除」を主眼に調和した未来へ活動中。