物事の移り変わりというのは自然なものです。
絶対的なものなどなく、諸行無常、すべてが移りゆくものです。
ですので、基本的には人生や生活というのは流れに身を任せてやっていればいいと思っています。
それが最善。
そもそも、大きな流れというのがあり、その大きな流れは自分でどうこうできるものではありません。
流れに棹さすというようなことはそのような現象が起こっているように見えるだけで自分でコントロールしてやれることではありません。
自分で選んでいるようで、その条件になったら自動的にこちらを選ぶ。
そのように動いてしまうのです。それが人です。
過去に戻ってやり直せるかというと、同じ条件、同じ状態、同じ記憶だと結局は同じ選択をする。
サイコロを振って、出た目で全て行動を変えるようなことをすればもしかしたら変わるかもしれませんが、それでも、本当の意味では変えられない。
それらを全部自分に都合よくコントロールしようとすると苦しくなります。
本来コントロールできないものをコントロールしているからです。
それは欲が大きくなるということであり、その欲を自分の都合の良いように成就するように頑張るからです。
流れというのは簡単に変わりません。
変わる時はこちらの都合などお構いなしに変わっていきます。
でもですね、良い流れにしたい、それが人間です。
今の流れが好きではなく、大きく流れを変えたいという時もあるかと思います。
ありますよね。
その時は、変わろうとするのではなく、いきなり変わってしまえばいいのです。
変えてしまう
「変わろうとする」というのはしようとしているだけです。
「〇〇しようと思っています」という人がいたらどう思います。
この人は「〇〇はしないんだろうな」と思うことでしょう。
実際にする人は少ないですよね。
「掃除しようと思っている」と言われたら、十中八九しなそうですよね。
「〇〇しようと思っています」はしないということです。
しようと思っているだけ。
「〇〇をします」となると直ぐにやる感じに思いますよね。
こういう人はすぐにすると思います。
それを飛び越えて「〇〇しました」というのは過去形なので既に終えているということです。
それはもう終えているので、違う話しではないかと思うことでしょう。
ですが、「〇〇しよう」「〇〇します」という宣言もなく、やってしまっている人は「〇〇しました」の人になっていきます。
人に話す時には「〇〇しました」という言えるようにするといいのです。
「しようと思っている」「します」「しました」だと「しました」は終えていることです。
「しました」を報告することを癖にするとさっさと行動できるようになります。
相談ならば「〇〇しようと思っているのだけど。どう思う?」ではなくて「やってみたけど〇〇だったんだよね。どう思う?」と聞くようにするということです。
「〇〇しようと思っているのだけど。どう思う?」はやらない人です。
なのでさっさとやりましょう。
どうせ大したことでは人は迷いません。
ですので、やった方が早い。
大きな問題の場合は「どうしたらいいのかさっぱりわからない」という状態だからですね。
やってみないとわからないのでやってみようという精神状態になれるものはどんどんやるに限る。
やってみると物事も現実も動き始めます。
動きが生まれれば次の状態へ遷移しますので、またそこで新しいイベントが発生することでしょう。
そういう自分に変えようとするのではなく、変えてしまうのです。
先にやってしまうということ
「しようとする」をしないことなのです。
「する」なのですよね。
してしまうのです。
最初は気合が必要なこともあるかもしれませんが。
そういう自分なんだということにしてしまえばいいのです。
本当にそういう自分なんだ、変えた先の自分なんだとしてしまえばいいのです。
選択の余地があると思っていることが間違いなのです。
動いてしまえば視点も変わります。
捉え方も変化します。
すると今ここから次の今ここにいることになります。
そうやっていくとどんどん変化していきます。
本来の行きたい方向へといける自分になっていってしまうのです。
とはいえ、難しく観じる人もいることでしょう。
「変わる」それ自体が難しいのだと。
その抵抗をやめるだけでもいいのだと思っています。
難しいというのを取っ払うということです。
どうやって、とすぐに思いますが。
2つやり方(?)があります。
一つは、疑ってください。
「難しいと思っているのは本当?」と。
本当ではない可能性がありますよね。
絶対はないから当然です。
頭は色々と言ってくるかもしれませんが、どうせなら疑っておきましょう。
そうすると難しくない(できる)と思える事象が頻発します。
もう一つは簡単な範囲でやるということ。
これもよくある手法に思います。
ランニングが大変なら着替えるだけにする、靴を履くだけを習慣にする。
とかですね。
簡単ですね。
難しさはありません。
難しいと感じない範囲からスタートするということです。
色々と考えてしまうのは
ご自身の中で絶対的なテーマや目標や価値観があるのだと思います。
それを達成しないといけなくなっているので、ダメだということが起こります。
「〇〇達しない自分はダメ」というもので。
色々と辛くなってしまうのでは、そこに向けて活動ができていないとダメだになってしまうわけです。
それならそのテーマや目標や価値観をいったん無しにしてみるのはどうでしょうか。
脇に置くとか。
そうすると抵抗がなくなります。
とても楽になりませんか。
その条件をいったん仮にでも無いものと考えてみると。
いったん、それを叶える必要も達成する必要もなくなったらどんな気分ですか?
それが叶ったら、達成してしまったらどんな気分ですか?
気楽になりましたよね。
その気分を拠り所とするのです。
関連記事:”もっともっと”が不幸を加速させる
終わりに:この人生をやり切るには
あなたの生まれたきた目的はなんでしょうか。
それを思い出すことが大事に思っています。
ですが、そんなことわからないという話ですよね。
今ここからできることは選択です。
自分でこちらの道を歩みたいという方を選択するのです。
関連記事:人生の岐路は常にある
それが生まれてきた目的を果たすに重要だと思っています。
自分の本音から離れていってしまってはダメですよね。
それだと自分の道を歩めないことでしょう。
自分の道は本音の道。
自分で納得していく道。
自分を全開で発揮できる道。
そういう道を歩むためにも今ここで自分の本来の道はこっちだなと思う本音を選択していくことです。




