人生の岐路は常にある

JIQAN

人には岐路というのは毎日のようにやってきます。

毎日に岐路が来るというと大変です。

大変ですが、やはり毎日岐路がきていると思います。

どんな岐路なのかは人それぞれです。

岐路のタイプで多いのはやはり人とのつながりでしょうか。

人からのちょっとしたお誘いがこれからの人生を大きく変えることになった人も多いことでしょう。

「振り返ると、あの時にたまたま話してなかったら今頃は全く違う人生を歩んでいたかもしれない」というものです。

そういった岐路が毎日やってきております。

 

人間関係が岐路になる

人間関係というのはいつでも大切なことを呼び込んできます。

運気なんて表現がありますが、一番大切なのは人間関係だと思います。

物にまつわることに関しての運気は、断捨離や全捨離など、これらにについては私はたくさんの記事を書いております。

とある経営者から言われたのは「1番の効果が出る断捨離は人間関係だよ」というものでした。

なるほど。

敏腕の経営者なのですが、家は当然綺麗ですし、いろんなことをしっかりとやられている方の言葉でした。

人間関係を断捨離するというと冷たい印象があるのかもしれませんが、時間は限られていますのであらゆる人と仲良くしたり、連絡とったり会っていたりとは物理的に不可能です。

ただ自然と縁が薄くなる人、濃くなる人といるだけなのだと思います。

感情や人情など、情に溺れた付き合いになると運気もお互いに下がるのかもしれません。

いつでもそうですが、大切な人はいなくなってから気づくものです。

 

いなくならない気づけないことも多い

人だけではないかもしれませんが、なくならないと気づけないようになっているみたいです。

人間関係も自分から大切にして、縁を繋いでおかないといなくなってしまいます。

全員のご縁をしっかりと繋ぐことは物理的に不可能ですので、自分でこの人とはお付き合いをしていきたいという場合は、マメに連絡をとるといいと思います。

私がこういう「ご縁がある人との関係は大切にした方がいいと思いますよ」とある人言ったら「当然ご縁は大事です。ですから、関係が切れてしまうのもまた、それもご縁なので私からは何もしません。それは仕方がありませんから」と言ってました。

ご縁を大切にしたい人に対して、何もしないのはご縁を大切にしてるとは言えませんね。

すでにご縁がある人に対しての話なので、ご縁のない人の話ではないです。

ご縁がない人に対して、無闇矢鱈に関係を持とうともっても難しいですし、場合にはよっては大変に迷惑になります。

でも、ご縁というのは放置するものではないです。

愛情を育むという言葉がある通り、意図して育てないといけません。

それが血が通った関係です。

人との関係性はいつでも岐路にあると思います。

 

受け入れること、都合よく考えること

ご縁を育むのに対して、自分にとって少し負荷のかかることが必要でも、それをしない人がいます。

そういう人は大概こういいます。

「受け入れます」と。

これ、受け入れてないのですよね。

自分がやりたいことから逃げて、自分都合で勝手に解釈しているのです。

他者から見ると物凄くわかりやすいですよ。

そのご縁を育むのにやれることが山ほど思いつきますし、受け入れますという言葉に変なネバっとしたエネルギーが付着してますからね。

こういったことは気をつけないといけません。

今起こっていることを、小さな自分のエゴで勝手に解釈して、変な見方をしてチャンスもご縁もヒントもプレゼントも全て台無しにしてしまっています。

私も気をつけないといけないと書いてて思いました。

私自身、出不精なので。

 

光の速さで判断していく

分かれ道でずっと立ち止まっていたらそこから先に行くことはできません。

どちらかの道へと歩みだすことが大事です。

実は自分ではどちらの道に行きたいかを知っていたります。

実は本心ではどちらに行きたいか知っているのです。

ライブの誘いでも気持ちは行きたいのだけど、頭では色んな条件を考えてしまうのです。

ライブのお誘いは早くに返信しないと、ライブの期日は迫ってしまうので、他の人を誘って行ってしまいます。

それも最善だっという言い方がありますが、それは過去を振り返っていいように言ってるだけです。

起こってしまったことは最善だった。

それはそうです。

起こったことと今起こっていることをどう判断するかは別問題です。

今ここにあることに向き合わずして今を生きることはできません。

今をないがしろにして最善だったということはいつでもできますし、今を適当にやっても最善だっと言えるのです。

それもまた最善ですけど、あなたはなんのために生まれ来たのでしょうか。

今目の前のことに言い訳する為に生まれてきておりません。

他人に任せるためでもないでしょう。

逃げ回る人生でもないでしょう。

最善という逃げ道へと行くのは嘘の最善です。

ただ自分の気持ちを誤魔化しているだけですね。

過去を最善だと振り返ることと、今ここで最善だと言って自分勝手に振る舞うことは別の話です。

次元の違うことだからです。

だから、今を大切にしないといけないのです。

 

終わりに:便りは人が運んでくる

この記事を書いていて、良き便りは本当に人が運んでくるんだなと思いました。

結局、ヨガを続けているのも、瞑想をやっているのも、いろんなことを継続できているのも人との関わりのお陰が大きいと思います。

人がすべて運んできます。

人がすべてだと断言してしまってもいいぐらいです。

人が運んでくるので、そこをしっかりとやっていくことですね。

改めて人との関係から人生は運ばれていくのですね。

今起こっていることを見て、行動していこうと思います。

行動すると新しい現実が現れてきますからね。

 



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Kiyoshiクレイジーヨギー
*EngawaYoga主宰* 2012年にヨガに出会い、そしてヨガを教え始める。 瞑想は20歳の頃に波動の法則の影響を受け瞑想を継続している。 東洋思想、瞑想、科学などカオスの種を撒きながらEngawaYogaを運営し、ENQAN(ヨガ)、JIQAN(内観)、瞑想指導にあたっている。SIQANという日本一簡単な緩める瞑想も考案。2020年に雑誌PENに紹介される。 「集合的無意識の大掃除」を主眼に調和した未来へ活動中。