年末年始のここにきて、イライラしたりすることが多くなるということが続いてますが、敬意が足りていないかと反省中

JIQAN

普段、ほとんどイライラしたりすることがありません。

怒ることもほとんどない性格です。

性格の陰の部分が出てくると怒って破滅していくのではなく、そのエネルギーを外に排出することなく、ただただ怠惰になるようなタイプでございます。

ですが、最近、内観や自分の中の感情と向き合うことをしていたら、そういったイライラの感情がものすごく沸き起こるようになってきました。

ある意味いい感じです。向き合う時がやってきたようです。

 

素直さが大事

イライラと向き合うのは、素直さが問われるなと感じてます。

感情が出てくることが悪いのではなくて、素直にその感情を味わうのが大事です。

「言うは易し、行うは難し」ではございますが、そこを向き合おうとしております。

向き合うのも、自分の自我やプライドなどを理屈っぽくかばってしまうことをします。

やはり人はどこまでいっても自分がかわいく守りたいものなのですね。

素直に自分の感情と向き合うのは難しいです。

イライラしている対象を見出しても、それが本当の原因とも限りません。

その対象でイライラしている自分なら許せるから、そのような対象を見出したりするからです。

自我はどこまでいっても、自分を守ります。

 

大切な人だからこそ、つっついてくると感じる

普通の友達や時々会う人にされてもイライラしないのに、大切な人からされるとイライラすることはありませんか。

最近、私はそういうことが多くありました。

自分に余裕がないのか、普段は全然気にならないことがとても気になります。

「なぜ、そのような言い方で喧嘩を売ってくるのか」と思ってしまうことがあるのです。

ちなみに相手は悪くありません。

相手は何も喧嘩を売っておらず、しかも、私がそんなことを思っているとも気づいていないと思います。

不思議なもので、そういう葛藤のような感情と向き合ってきたのに、今ここで最後のボスを倒すように怒涛のようにそういった感情を刺激する出来事が増えております。

季節的なものなのか、たまたまなのか、自分が疲れているだけなのかはわかりませんが、何かしらの意味があると思って自分と向き合っております。

わたしは、不平不満や愚痴というものを極力言わないようにしております。

そういった言葉は呪いのように、同じ事象を呼び込み、自分をそのような人間であることを規定していく力があるからです。

だから、このような投稿も微妙なのですが、こういった感情と向き合っている人の参考になればと思い書いております。

 

大切に思う人だから気になる

大切に思っている人だから気になるのですね。

大切に思っていない人は、どうでもいいので(ちょっと極論ではありますが)気にならないことが多いはずです。

身近であり、大切に思っているから、自分のことも大切にしてほしいし、期待をしてしまうわけです。

期待することを下げていくことができればいいのですが、期待を下げすぎると相手への愛情も下がる気がしてなりません。

もちろん、相手にも幸せになってほしいわけで「それはないんじゃないか」と言いたくても、客観的に見てそこまで酷くないとも感じてしまうのです。

でも、やはり本音は伝えた方がいいので伝えることをしますが、感情をコントロールしきれていないと、変な言い方になります。

余計なことも言ってしまうし、自分の言動が気になってしまいます。

そして、伝えたあとの相手の言動も気になってしまいます。

大切だからこそ気になるということが強くなるのだと思います。

 

結局は、自分の問題であり、自分が変わればいい

結局は自分の解釈問題であり、前提の問題です。

自分に自信のないの人は、どんな人からどれだけ褒められても拒否します。

自分が愛されている自信のない人は、どんなに相手から愛情表現をされても愛されていると感じることはできません。

自分がそれを拒否し、受け取れない限り相手どんなに情理を尽くしても通うじないのです。

だから、自分の解釈を変えることです。

自分の前提を変えることです。

「どうせ、私は愛されている」という前提で生きることです。

私が変わると世界が変わります。

まずは私から変わることですね。

実際、このように捉えたら、反応が変わりました。

本当に自分が変わると世界が変わるのです。

 

終わりに:自分をまずは大切にする、そしてやっぱり前提が大事

自分を大切にされておりますか。

私も自分を大切にする時間を増やそうと思っています。

誰かに頼るのもOKだし、自分を甘やかすのもOKです。

こういうのをダメという人もいます。

そういう人は、ダメな自分を許せていないことがあります。

頼らなくてもいいのです、甘やかさなくてもいいのです。

いいのですが、頼ってもいい、甘やかしてもいいと思っているのと、ダメと思っているのとでは自分への許可が異なります。

自分を大切にしていきましょう。

自分が自分を大切にしないと、誰が大切にすることができるでしょう。

自分で大切にしていない人を他人が大切にしてくれるわけもありません。

私はもっと成長していきたいと思っております。

だからこそ、自分を大切にして、そして大事な人も大切にしていきたいと思っています。

大事にしたいからこそ、お互いに成長したいからこそ、このような感情が湧いてきているのだと思います。

結局は自分で仕組んでいることなのだと思います。

自分でショートコントをやって楽しんでるのだと思うと気が楽です。

シナリオを楽しんでいこうと思います。



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Kiyoshiクレイジーヨギー
*EngawaYoga主宰* 2012年にヨガに出会い、そしてヨガを教え始める。 瞑想は20歳の頃に波動の法則の影響を受け瞑想を継続している。 東洋思想、瞑想、科学などカオスの種を撒きながらEngawaYogaを運営し、ENQAN(ヨガ)、JIQAN(内観)、瞑想指導にあたっている。SIQANという日本一簡単な緩める瞑想も考案。2020年に雑誌PENに紹介される。 「集合的無意識の大掃除」を主眼に調和した未来へ活動中。