ヨガの教えの中に、「シャウチャ(Saucha)」という言葉があります。
日本語では「清浄」や「清潔」と訳されることが多く、ヨガの八支則における「ニヤマ(勧戒=すべきこと)」の最初に出てくる大切な教えです。
多くの人はこれを「お風呂に入って身体を洗うこと」や「部屋を掃除すること」だと理解しています。
もちろんそれも間違いではありません。
しかし、ヨガが伝える本来のシャウチャは、もっと深く、もっと全方位的な概念です。
それは、「あなたの存在すべてをシンプルにすること」と言い換えることができるでしょう。
現代社会は複雑です。
人間関係、情報の奔流、多様すぎる選択肢、そして食品に含まれる添加物まで。
私たちは外側からも内側からも、常に「不純物(マラ)」にさらされ、複雑に絡まり合っています。
この複雑さが、私たちの心身を重くし、本来の輝き(サットヴァ)を曇らせているのです。
今日は、現代を生きる私たちが実践すべき、本質的なシャウチャについて、8つのポイントから静かにお話ししてみたいと思います。
もくじ.
1. 身体のシャウチャ:内側から洗う
毎日のシャワーで皮膚の汚れを落とすことは基本ですが、ヨガでは「内側の洗浄」をより重視します。
添加物や加工食品、過剰な糖質や脂質。
これらは身体にとっては異物であり、消化の過程で未消化物(アーマ)となって体内に蓄積します。
このヘドロのような汚れが、身体の重だるさや病気の原因となります。
食べるものをシンプルにすること。
自然な素材、季節の野菜、適度な量。
そして、白湯を飲んだり、定期的な断食(ファスティング)を取り入れたりして、内臓を休ませること。
高価なデトックスサプリを飲む前に、まずは「汚さないものを入れる」こと。
身体の内側が清浄であれば、肌は自然と輝き、エネルギーは軽やかに循環し始めます。
2. 環境のシャウチャ:空間の余白を作る
あなたの部屋は、あなたの心の鏡です。
モノで溢れかえり、足の踏み場もない部屋にいて、心だけを澄み渡らせることは至難の業です。
モノが多いということは、視覚情報というノイズが多いということです。
それは常に脳のリソースを奪い、静けさを妨げます。
断捨離は、単なる片付け術ではなく、空間のシャウチャです。
不要なものを手放し、床の面積を広げること。
風が通り抜ける空間を作ること。
縁側のように、何もないけれど心地よい空間。
外側の環境をシンプルに整えることで、内側の心にも「余白」が生まれます。
3. 言葉のシャウチャ:沈黙の美学
私たちは喋りすぎています。
噂話、愚痴、不平不満、あるいは自分を良く見せるための誇張。
これらはすべて、口から出る「汚れ」です。
ネガティブな言葉は、聞く人の耳を汚すだけでなく、発した本人の心をも最も深く汚します。
言葉のシャウチャとは、真実を語り、有益なことを語り、そして優しく語ること。
さらに言えば、「語らない」という選択を持つことです。
沈黙(マウナ)は、心の洗浄剤です。
余計なおしゃべりをやめ、静寂の中に身を置くとき、言葉によって濁っていた心は、再び透明度を取り戻します。
4. 思考のシャウチャ:脳内の掃除
頭の中が、過去の後悔や未来の不安で散らかっていませんか?
「あの時こうすればよかった」「失敗したらどうしよう」
この終わりのない思考のループは、心のゴミ屋敷を作ります。
瞑想は、この脳内のゴミ掃除です。
湧いてくる雑念に気づき、それを追いかけずに手放す。
「ああ、これはただの思考だ」とラベルを貼り、ゴミ箱へ捨てる。
思考を止めることは難しくても、思考に執着しないことは練習できます。
思考をシンプルにすること。
それは「今、ここ」にある事実だけを見つめるということです。
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5. 人間関係のシャウチャ:境界線を引く
「付き合いだから」「断ると悪いから」
そうやって、気が乗らない飲み会に行き、エネルギーを奪い合うような関係を続けていませんか?
複雑すぎる人間関係は、魂を濁らせます。
自分にとって本当に大切な人、一緒にいて心が澄み渡るような人との時間を大切にすること。
そして、そうでない関係には、そっと境界線を引く勇気を持つこと。
これは冷淡さではなく、お互いのエネルギーを守るためのシャウチャです。
関係性をシンプルにすることで、感謝と愛という純粋な感情だけが残ります。
6. 情報のシャウチャ:デジタル・デトックス
現代における最大の汚染源の一つが、インターネット上の情報です。
暴力的なニュース、他人のキラキラした生活、煽情的な広告。
これらを無防備に浴び続けることは、心に泥水を流し込み続けるようなものです。
情報の入り口を清めること。
スマホを見ない時間を作ること。
フォローするアカウントを厳選すること。
情報の摂取をシンプルにすることで、私たちは自分自身の感覚を取り戻すことができます。
画面の向こうの誰かではなく、目の前の風景と繋がることです。
7. 行動のシャウチャ:一貫性を持つ
言っていることと、やっていることが違う。
裏表がある。
こうした「ねじれ」は、心に不純物を生みます。
嘘をつくことや、誤魔化すことは、非常に複雑な精神的エネルギーを必要とします。
行動のシャウチャとは、誠実であること。
思ったこと、言ったこと、やったことを一致させること。
シンプルに生きるとは、正直に生きるということです。
隠し事がない人は、後ろめたいことがない人は、目線が澄んでいます。
その透明な在り方こそが、ヨガ的な美しさです。
8. エゴのシャウチャ:私を手放す
最後に、最も微細で、最も落としにくい汚れ。それが「エゴ(自我)」です。
「私が」「私のものが」という強い自意識は、世界と自分を分断する壁となります。
この壁が厚ければ厚いほど、私たちは孤独になり、苦しみが増します。
エゴのシャウチャとは、執着を手放すこと。
結果への期待を手放し、ただ行為そのものに没頭すること(カルマヨガ)。
「自分」という主語を少し横に置いて、大きな流れに身を委ねてみること。
自分を透明にしていくプロセスです。
エゴが薄まったとき、そこには本来の純粋な意識(プルシャ)だけが輝き始めます。
シンプルであることは、強いということ
シャウチャ(清潔)とは、潔癖症になることではありません。
むしろ、泥の中に咲く蓮の花のように、どんな環境にあっても内側の純粋さを保つ強さのことです。
複雑さを削ぎ落とし、シンプルになっていくこと。
それは、何かを得るよりもずっと豊かで、ずっと贅沢な営みです。
身軽になった心と身体で、ただ呼吸をする。
それだけで十分だと思える境地。
今日から一つでも、あなたの生活の中にある「不必要なもの」を洗い流してみませんか。
清らかな水が流れるように、あなたの人生もまた、サラサラと流れ始めるはずです。
ではまた。


