「自分=モノではない」。
言葉にすれば当たり前のように聞こえますが、このテーマは私たちのアイデンティティ(自己認識)の根幹に関わる、非常に深く、そして少し怖いテーマでもあります。
今日はこの一点に絞って、もう少し深く、静かに掘り下げてみたいと思います。
私たちはなぜ、モノに自分を投影するのか
「私は、私です」
そう自信を持って言える人は、実は少ないのかもしれません。
多くの人は、「私は〇〇を持っている私です」という形でしか、自分を認識できないようにプログラムされています。
- 高級なブランドバッグを持っている私
- 都心の一等地にマンションを持っている私
- たくさんの蔵書やレコードコレクションを持っている私
- 最新のガジェットを持っている私
これらはすべて、「拡張された自己(Extended Self)」と呼ばれるものです。
私たちは、自分の輪郭を、所有物にまで広げてしまっています。
だから、愛車に傷がつくと、まるで自分の身体が傷つけられたかのような痛みや怒りを感じるのです。
所有物は、単なる「道具」ではなく、「私の一部」になってしまっているからです。
失うことへの根源的な恐怖
「自分=モノ」という図式が出来上がっていると、モノを捨てることは「自分の一部を切り捨てる」ことと同義になります。
断捨離が怖い、モノが捨てられない、という心理の奥底には、「自分が欠けてしまうのではないか」「自分がちっぽけな存在になってしまうのではないか」という根源的な恐怖があります。
コレクションを捨てたら、ただのつまらない人間になってしまうのではないか。
ブランド品を手放したら、誰からも尊敬されなくなるのではないか。
この恐怖こそが、エゴ(自我)の正体です。
エゴは常に不安で、常に何かを付け足すことで自分を大きく見せようと必死です。
しかし、どれだけモノを鎧のように着込んでも、中の人間が大きくなるわけではありません。
むしろ、重すぎる鎧は、あなたの自由な動きを奪い、本来の輝きを隠してしまいます。
「裸の自分」に耐えられるか
ヨガ哲学の根幹にある問いは、「私は誰か?(Who am I?)」です。
ヨガでは、人間を玉ねぎのような多重構造(パンチャ・コーシャ)で捉えます。
一番外側にあるのが「肉体」。
その奥にあるのが「エネルギー(気)」。
さらに奥に「心(感情・思考)」。
さらに奥に「知性」。
そして、最も中心にあるのが「歓喜(アーナンダ)」であり、「真我(アートマン)」と呼ばれる純粋な意識の核です。
所有物どころか、あなたの肉体や、感情や、肩書きさえも、一番外側の「衣装」に過ぎません。
「自分=モノではない」という気づきは、この衣装を一枚ずつ脱いでいくプロセスです。
想像してみてください。
家も、車も、服も、肩書きも、過去の栄光も、すべて失ったとして。
あるいは、無人島にたった一人で漂着したとして。
そこに残っている「あなた」は、不幸でしょうか?
惨めでしょうか?
価値がない存在でしょうか?
いいえ、絶対に違います。
そこに残っているのは、何の装飾も必要としない、ただ純粋に「存在している」という力強い生命の輝きです。
何を持っているかに関わらず、あなたはすでに完全(プールナ)である。
これが、ヨガが数千年前から伝え続けている真実です。
所有から「使用」へ、そして「共有」へ
「自分=モノではない」と腑に落ちたとき、モノとの付き合い方は劇的に変わります。
執着が消えるからです。
モノは「私を大きく見せるための装備」から、「人生を快適にするための道具」に戻ります。
「これは私だ」と握りしめるのではなく、「必要な時に、必要なものを使わせていただいている」という感覚。
所有(Ownership)から、使用(Usership)へのシフトです。
執着がなくなれば、手放すことも、誰かに譲ることも怖くなくなります。
「私のもの」という境界線が薄れ、必要な人のところへ循環させていく「共有(Sharing)」の意識が芽生えます。
川の水を手ですくって留めておこうとすれば水は腐りますが、手を放して流せば、常に新鮮な水が流れてくるのと同じです。
軽やかに、ただ在る
モノを減らすことは、自分を小さくすることではありません。
むしろ、モノに埋もれていた「本来の自分」を掘り出し、純度を高める作業です。
何も持っていなくても、ただそこに座っているだけで、満ち足りた空気を放っている人。
ブランド品で武装しなくても、内側から滲み出る静かな自信を持っている人。
EngawaYogaが目指すのは、そんな「軽やかで、最強の個人」です。
物理的な断捨離の先にある、アイデンティティの断捨離。
「私は、これだけのモノを持っています」という自己紹介をやめて、「私は、ただ、ここに在ります」と言える強さ。
その境地へ向かうための練習として、まずは今日、一つだけ、「自分だと思い込んでいたモノ」を手放してみませんか?
きっと、少しだけ身軽になった自分に出会えるはずです。
ではまた。


