ヨガを推奨しております。
そして、日本人がヨガを語る上で、決して避けては通れない一人の巨人がいます。
その名は、中村天風(なかむら てんぷう)。
松下幸之助、稲盛和夫、大谷翔平。
時代を超えて、各界の頂点に立つ人々がこぞって座右の書とし、心の支えとしてきた天風哲学。
それは単なる自己啓発や精神論ではありません。
彼自身が死の淵から生還し、ヒマラヤの奥地で体得した、紛れもない「ヨーガ(ラージャ・ヨガ)」の実践哲学なのです。
今日は、日本における「元祖ヨギー」とも呼べる中村天風さんが遺した「心身統一法」について、その壮絶な人生と、現代にこそ響く教えの核心を、少しまとめます。
もくじ.
死の淵からの旅立ち、そしてカリアッパ師との邂逅
中村天風(本名:三郎)の人生は、小説よりも奇なり、と言えるほど壮絶です。
明治時代、諜報員(スパイ)として満州で活躍し、「人斬り天風」と恐れられるほどの豪傑でした。
しかし、帰国後に彼を襲ったのは、当時不治の病とされた「結核」でした。
奔馬性(ほんばせい)という急速に進行するタイプで、死の宣告を受けたも同然の状態。
彼は救いを求め、アメリカ、イギリス、フランスへと渡り、当時の最先端の医学や哲学、心理学を学びますが、病は一向に癒えません。
「もうダメか」
絶望し、日本へ帰って死のうと決めた帰路、カイロのホテルで運命の出会いが待っていました。
ヨガの聖者、カリアッパ師との遭遇です。
「お前はまだ助かる。ついて来い」
その言葉に導かれ、彼はヒマラヤの麓、カンチェンジュンガの山中へと入ります。
そこで行われたのは、文明社会から完全に隔絶された、過酷なヨガの修行でした。
「お前は、身体なのか? 心なのか?」
カリアッパ師の指導は、徹底的に「心の在り方」を問うものでした。
結核で喀血し、死の恐怖に怯える天風に対し、師はこう問います。
「お前は、身体が痛いと言う。しかし、痛いと感じているのは誰だ? 恐ろしいと感じているのは誰だ?」
私たちは通常、身体の不調=自分自身の不幸、と直結させてしまいます。
しかし、ヨガの教えでは、本当の自分(真我)は、肉体でもなければ、コロコロと変わる感情(心)でもないと説きます。
肉体や心は、あくまで「道具」に過ぎない。
その道具を使う「主人」こそが、霊性(スピリット)としての自分である。
天風はこの真理を、理屈ではなく、大自然の中での瞑想を通じて悟っていきました。
「そうだ、私は肉体ではない。心ですらない。それらを使役する、大いなる命の力そのものだ」
この覚醒(クンバハカ)が起きた時、不思議なことに、あれほど彼を苦しめていた結核が消え去っていたのです。
心身統一法の核心:絶対積極(ぜったいせきぎょく)
帰国後、天風が説いた教えの核となるのが「心身統一法」であり、その精神的支柱が「絶対積極」です。
これは、無理やりポジティブに振る舞う「空元気」や、他者と競って勝とうとする「相対積極」とは全く異なります。
相対積極:他人と比べて優れている、状況が良いから喜ぶ、という条件付きのポジティブさ。状況が悪化すれば、すぐに消えてしまう脆いもの。
絶対積極:どんな状況にあっても、心が静かで、力強く、泰然としている状態。比較対象を持たず、ただ生命の歓喜の中にいる状態。
天風は言います。
「人生は心一つの置きどころ」
病気になっても、運命が悪くなっても、それは「外側の現象」に過ぎない。
それに対して、心が「負けた」「辛い」と反応しなければ、その事実はあなたを不幸にすることはできないのです。
この「心の王座」を明け渡さない強さこそが、絶対積極です。
現代人が実践すべき3つの教え
天風哲学は非常に体系的ですが、私たちが今日から実践できる3つのエッセンスをご紹介します。
1. 観念要素の更改(クンバハカ)
これは、潜在意識(天風は「無我」と呼びました)を書き換える技術です。
私たちの心は、寝入りばな(入眠直前)と、目が覚めた直後に、潜在意識の扉が開いています。
このタイミングで、ネガティブなことを考えてはいけません。
「ああ、疲れた」「明日も嫌だな」と思いながら眠りにつくのは、毒を飲んで寝るようなものです。
寝る前は、どんなに辛い一日であっても、楽しかったこと、感謝できることを想起し、鏡の中の自分に「お前は元気だ、お前は素晴らしい」と言い聞かせて眠る。
これを徹底するだけで、人生の背景(バックグラウンド)が変わります。
2. 神経反射の調節(クンバハカの実践)
外部からの刺激(ショックな言葉、突然の音など)に対して、心が反射的に動揺しないための身体技法です。
肛門を締め、下腹(丹田)に力を込め、肩の力を抜く。
この「クンバハカ」という体勢をとると、自律神経が安定し、感情の波に飲み込まれなくなります。
ヨガで言う「バンダ(締め付け)」と「プラーナヤーマ(呼吸法)」の応用です。
嫌なことがあったら、まず肛門を締める。これだけで、心は驚くほど不動になります。
3. 言葉の選択(積極的な言葉しか使わない)
天風は言葉の力を誰よりも知っていました。
「疲れた」「困った」「弱った」「情けない」「腹が立つ」「助けてくれ」「死にたい」
これらの言葉を「消極的言葉」として禁句にしました。
言葉は、思考の種であり、それが潜在意識に蒔かれ、やがて運命という果実になります。
「勇ましい」「嬉しい」「楽しい」「ありがたい」
たとえ状況がそうでなくても、言葉だけでも積極的なものを使う。
嘘でもいいから笑う。
そうすると、身体(生理機能)が後からついてきて、本当に元気になっていくのです。
現代ヨガが見失っている「生命の力」
現代のヨガは、ともすれば「ポーズの美しさ」や「ファッションとしてのスタイル」に傾きがちです。
しかし、中村天風が命がけで持ち帰ったヨガは、もっと泥臭く、もっと根源的な「生きる力」そのものでした。
彼は晩年、こう語っています。
「お前の命は、お前のものじゃない。宇宙の命の一部なんだ。だから、ちっぽけな自分のことでクヨクヨするな。宇宙の意志とつながって、堂々と生きろ」
これは、ヨガ哲学の「梵我一如(ブラフマンとアートマンの合一)」を、日本人に向けて、魂を揺さぶる日本語で説いたものです。
エゴ(小我)を捨てて、大いなるもの(大我)に生きる。
そうすれば、病気も、貧困も、悩みも、すべては「生きるためのスパイス」に変わる。
終わりに:肛門を締めてみる
中村天風さんの教えは、決して高尚な理論ではありません。
「寝る前は楽しいことを考える」
「嫌なことがあったら肛門を締める」
「悲しい言葉を口にしない」
誰にでもできる、シンプルな生活の実践です。
しかし、これを毎日続けることは、どんな難解なポーズをとることよりも難しいかもしれません。
だからこそ、やる価値があります。
EngawaYogaで私たちが目指しているのも、ポーズの完成度ではなく、こうした「日常の心の置きどころ」を整えることです。
もし今、あなたが何かに悩み、心が折れそうになっているなら。
一度、鏡に向かって笑ってみてください。
そして、肛門をキュッと締めて、お腹に力を込めてみてください。
そこには、明治の豪傑がヒマラヤから持ち帰った、あなたを支える「不動の力」が、確かに眠っているはずです。
「力がつくからやるんじゃない。やるから力がつくんだ」
天風さんの声が、聞こえてくるようです。
ではまた。



