ヨガを推奨しております。
それは、ヨガが「頭で理解する学問」ではなく、「身体を通して体感する実践」だからです。
ヨガの教本を100冊読んでも、一度のダウンドッグの爽快感には敵いません。
ポーズの効能を暗記しても、深い呼吸ひとつで心が鎮まる体験には及びません。
私たちの人生も、これとまったく同じではないでしょうか。
現代社会は「考えること」を過剰に評価します。
計画、分析、リスクヘッジ、シミュレーション。
もちろん、これらは大切です。
しかし、あまりにも多くの人が「考えること」に時間を使いすぎて、「動くこと」を忘れてしまっています。
「準備が整ったら始めよう」
「失敗しないように調べてから」
「自分に向いているか考えてから」
そうやって立ち止まっている間に、季節は巡り、身体は老い、チャンスは通り過ぎていきます。
今日は、思考という重たい錨(いかり)を上げ、「とりあえずやってみる」という軽やかな帆を張ることの重要性について、お話ししてみたいと思います。
もくじ.
思考は「ブレーキ」の名人である
なぜ、私たちは動けないのでしょうか?
それは、脳の性質に理由があります。
私たちの脳は、変化を嫌い、現状維持を好むようにできています(ホメオスタシス)。
新しいことを始めようとすると、脳は瞬時に「やらない理由」をクリエイティブに作り出します。
「お金がない」「時間がない」「才能がない」「まだ早い」「もう遅い」
これらは事実ではなく、脳が作り出した優秀なブレーキです。
考えれば考えるほど、このブレーキは強化されていきます。
「案ずるより産むが易し」という言葉がありますが、案じている時間(思考している時間)は、不安を培養している時間でもあります。
思考は、時間をかければかけるほど、ネガティブなシミュレーションを精巧にしていく名人なのです。
身体知:頭よりも賢いセンサー
一方で、身体はどうでしょうか。
身体は「今、ここ」にしか存在できません。
そして、身体は頭よりも正直で、賢いセンサーを持っています。
例えば、新しい習い事を始めようか迷っているとします。
ネットで評判を検索し、料金表を睨み、通う時間を計算する。
これで数日悩みます。
しかし、実際に体験レッスンに行ってみたらどうでしょう?
スタジオの扉を開けた瞬間の匂い、先生の笑顔、身体を動かした時の高揚感。
その瞬間、「あ、ここは私の場所だ」と直感したり、逆に「なんか違うな」と違和感を持ったりします。
この「身体感覚」による判断は、数日間の思考による分析よりも、はるかに速く、正確です。
これを「身体知」と呼びます。
やってみることで初めて、身体知が起動します。
水に入らなければ泳ぎ方はわからないように、人生の波の乗り方も、実際に漕ぎ出してみなければわからないのです。
思考でシュミレーションできるのは、過去のデータの再編集だけです。
未知の体験は、身体を通してしか得られません。
失敗というデータの蓄積
「やってみてから考える」ことの最大の恐怖は、「失敗したらどうしよう」という思いでしょう。
しかし、行動した結果としての失敗は、単なる「データ」です。
「このやり方ではうまくいかない」という貴重なデータを手に入れたことになります。
エジソンが「私は失敗したことはない。うまくいかない1万通りの方法を発見しただけだ」と言ったのは有名な話ですが、これは単なる強がりではなく、真理です。
行動しない人は、データがゼロのままです。
妄想の中での成功や失敗しかありません。
一方、行動した人は、たとえうまくいかなくても、「生きたデータ」を持っています。
そのデータを元に、「次はこうしてみよう」と考える。
これが本当の意味での「考える」です。
行動なき思考は妄想ですが、行動の後の思考は「検証」と「改善」になります。
スピリチュアルな視点:エネルギーを回す
少し視点を変えて、エネルギーの話をしましょう。
この宇宙は、絶えず流動し、変化し続けています。
水も、お金も、空気も、留まれば腐りますが、流れることで清らかさを保ちます。
「行動する」ということは、この宇宙の流れに自らを参加させることです。
エネルギーを回す、と言ってもいいでしょう。
あなたが小さな一歩を踏み出すとき、それは池に小石を投げるようなものです。
必ず波紋が広がり、何らかのリアクションが返ってきます。
誰かに出会うかもしれない、新しい情報が入ってくるかもしれない、予期せぬ扉が開くかもしれない。
これは、家で腕組みをして考えているだけでは絶対に起こらない現象です。
トランサーフィンなどの現代的なスピリチュアル思想でも、現実は「意図」と「行動」によって選択されると言われます。
願っているだけでは現実は変わりません。
「こうしよう」と決め(意図)、実際に足を動かす(行動)。
その物理的なエネルギーの動きに呼応して、現実というスクリーンが書き換わっていきます。
運が良い人というのは、特別な魔法を使っているわけではなく、単に打席に立つ回数(行動回数)が多い人、サイコロを振る回数が多い人なのです。
直感は「動いている時」に降りてくる
面白いことに、素晴らしいアイデアや直感は、机の前で唸っている時よりも、散歩をしている時や、シャワーを浴びている時、あるいは実際に作業をして手を動かしている時に降りてきやすいものです。
これは、身体を動かすことで脳の過剰な働き(思考のノイズ)が静まり、潜在意識からのメッセージを受け取りやすい状態(瞑想的な状態)になるからかもしれません。
「やってみてから考える」という態度は、この直感を信頼する態度でもあります。
「走りながら考える」とも言えます。
完璧な地図を持ってから出発するのではなく、コンパスだけを持って森に入る。
歩いているうちに、道が見えてくる。
あるいは、道なき道を進むこと自体が楽しくなってくる。
人生はそのような冒険であるはずです。
まずは、小さな「実験」から
いきなり人生をかけた大博打を打つ必要はありません。
「やってみてから考える」を、小さな実験として日常に取り入れてみてください。
いつもと違う道で帰ってみる。
気になっていた本を買ってみる。
入ったことのない店でランチを食べる。
思いついたアイデアを、今日中に小さく試してみる。
「合わなければやめればいい」という軽やかさを持つことです。
ヨガのクラスでも、初めてのポーズに挑戦するとき、「できなくてもいいや、どんな感じか味わってみよう」という遊び心を持っている人の方が、スッと身体が動いたりします。
深刻さは身体を固くし、遊び心は可能性を開きます。
結論:答えは動きの中にある
止まっている自転車の上でバランスを取るのは難しいですが、走っている自転車は安定します。
私たちの悩みもこれと同じです。
止まって考えているから、バランスを崩し、不安になり、転びそうになるのです。
動いてしまえば、意外とバランスは取れるものです。
そして、動きの中で見える景色は、止まっている時には想像もできなかったほど美しいものです。
「やってみてから考える」。
このシンプルな指針が、あなたの人生を、重苦しい思考の牢獄から、広大で自由な体験のフィールドへと連れ出してくれるはずです。
縁側で風を感じるように、まずは身体をその場所に運んでみること。
すべてはそこから始まります。
ではまた。



