この世は幻想でありマーヤと呼ばれているので、根本の癒しは剥がすところにある

自己探求

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古代のインド哲学では、この世のことをマーヤと呼んでいたそうです。

マーヤというのは幻想世界という意味です。

幻想の世界がこの世界であると言っているわけです。

それを聞いてどうでしょうか。

実際に、そうなのかと思ったり、そんなわけはないよと思ったり様々でしょう。

映画のマトリックスではそのあたりを描いていると言われております。

マトリックスを見られた方はいらっしゃるでしょうか。

面白いのでぜひ見てみてください。

マトリックスの中でエージェントと言われる存在がいます。

それが、人の自我の象徴をしているように私には観じられます。

幻想世界の幸せというのは自我にとっての幸せだとも言えるのではないでしょうかね。

 

満たされない世界

自我やエゴの幸せはどこまで行っても、満たされることがありませんね。

今までの幸せを想像してもそうでしょう。

今までに幸せであったことのおかげでその後ずっと幸せをキープされている人はいないでしょう。

逆に不幸ばかりだよ、という方もその不幸を思いっきりキープし続けることも難しいでしょう。(幸せよりかはできてしまうのかもしれませんが)

「不幸ばかりだよ!」と叫ぶことで一瞬だけでも幸せを感じたりしておりますからね。

幻想世界において、エゴの幸せを追い求めたり、この現実世界(幻想世界)の苦しみをとることをしていてもキリがありません。

先ほども書いた通り、この世界が幻想だからですね。

幻想を癒しても、また新しい幻想を自我が作り出す。

キリがありませんね。

根本的な解決と言いますか癒しは、幻想であることを気づくことが必要になってくるわけです。

この世界がただのストーリーであることに気づくことです。

ゲームの世界でどんなに頑張って平和な世界を作り出しても、本来の世界は変わらないということです。

 

ストーリーを剥がす

ただのストーリーであることに気づけば、様々な苦しみとは距離を置くことができます。

いろんなことは起こりますよ。

大変なことが起こらないわけではなく、大変だと観じなくなっていく感覚です。

もしくは、感情も自然と流れていく唯のエネルギーのように観じられるようになる。

そんな状態の方が生きやすいですよね。

そういった自我の感覚を剥がしていくことが大切です。

私が私だと思っている存在が実はまやかしであることを観じていくのです。

気づくことでそれは剥がれ落ちていきます。

観察していく瞑想などしているとフッと離れる時があることがわかることでしょう。

知識や理解ではないところで腑に落ちていきます。

腑に落ちても幻想世界は続きます。

この時の腑に落ちた快感をまた引きずってしまうこともありますのでご注意ください。

自我はどんな時にも「私のもの」として所有したがります。

さらに詳しく知りたい人はこちらの本をどうぞ。

 

エゴを生み出すのはアイデンティティ

実はアイデンティティがエゴを生み出していると思います。

アイデンティティというのは自分は何者かというやつですね。

このブログでも何者として生きるのかを大切にするといいようなことを書いています。

何者かをフォーカスするといいと言ってます。

これは、まずはアイデンティティを一つに絞っていき極めていくことで、最後の役割も落としていくことができると思うからです。

自我というのは何者かわからなくなると死んでしまうので、ものすごい恐怖が襲います。

「私の」「私が」と思ったいた私そのものがなかったとなると大変です。

そうですよね、なんのこっちゃという話です。

私の身体、私の気持ち、私の服、といった「私の」というのがないなんて考えられないですね。

考えること自体が私へと埋没させていきます。

役割を絞って極めていき、その役割を消滅させるか突き抜けると見える世界があると思います。

だから、”私”とか役割を剥がし続けることも大事です。

そして、役割をしっかりと絞り込んでいくことも大事です。

その両輪から思い込みやブロックや観念も外していけます。

自分が何者だと思ったことを実践していこうとしても、様々な思いが湧いてきますし、勝手に差し込まれているような思考や観念も思い出していくことでしょう。

幻想ということを腑に落としていき、ぜひ現実と思っている私をどんどん剥がしてみてください。

根本的な癒しになると思います。

 

終わりに:人は実態のないものに依存できる

人というのは何にでも依存できます。

さきほど書いたアイデンティティというのも一つの幻想です。

そのアイデンティティにも依存することができます。

人はその幻想を自分だと思い込んでいく同化もしていきます。

〇〇会社の社員というアイデンティティに同化すると、その〇〇会社が批判されると私まで批判されているように感じる人も多いことでしょう。

その〇〇会社が私という存在になっているからですね。

そういったアイデンティティにたくさん同化されている人がたくさんいらっしゃいます。

同化する先が多ければ、それだけ幻想の荷物も増えますから大変ですね。

「靴下が変だね」と言われただけで、自己が傷つくとか大変ですよね。

ましてやちょっとした冗談でも傷ついてしまったりします。

同化先は少ない方がいいです。

徹底的に減らしていくのもいいと思います。

身軽になりますよ。

実態のない絵に描いた餅ですからね、捨ててしまいましょう。

根本的な解決はここからしかないと観じております。