私たちの脳は、現実の体験と、鮮明に想像された体験とを、区別するのがあまり得意ではありません。トップアスリートが、自らの完璧なパフォーマンスを繰り返し心の中で上映する「イメージトレーニング」を行うのは、この脳の性質を巧みに利用したものです。彼らは、実際に身体を動かすことなく、心の中で成功体験をリハーサルすることで、本番で最高のパフォーマンスを発揮するための神経回路を強化し、身体を準備させているのです。
この強力な心の技術、「ビジュアライゼーション(視覚化)」は、スポーツの世界だけでなく、私たちの人生のあらゆる側面に応用可能な、創造の錬金術です。ヨガ的な引き寄せにおいて、ビジュアライゼーションは、言葉で設定した意図(サンカルパ)と、感情というエネルギーを統合し、潜在意識に最も効果的に届けるための、壮大な「心の映画」を制作する行為と言えるでしょう。
多くの人がビジュアライゼーションと聞くと、ただぼんやりと望むものを思い浮かべることを想像するかもしれません。しかし、効果的なビジュアライゼーションは、もっと能動的で、多感覚的なプロセスです。それは、単なる白昼夢ではなく、意識的に構築された、没入型の仮想現実体験なのです。
その目的は、望む未来を「手に入れる」ことではありません。むしろ、望む現実を生きている「あなた」に、今この瞬間に「なる」ことです。あなたの意識、身体、エネルギーを、すでにその現実を生きている人物のそれと、完全に一致させるためのリハーサルなのです。
ビジュアライゼーションを始めるにあたり、まずはリラックスできる静かな環境を整えましょう。瞑想や軽いヨガの後など、心が静まっている時が最適です。深く数回呼吸をして、身体の緊張を解きほぐします。
そして、あなたの意図が完全に実現した、ある特定の「瞬間」を選びます。漠然と「成功した自分」をイメージするのではなく、具体的なシーンを設定することが重要です。例えば、「理想の家を手に入れた」という意図なら、その家のリビングのソファに座って、窓から夕日を眺めている瞬間、といった具合です。
ここから、心のスクリーンにその映像を映し出します。ただ見るだけではありません。あなたはその映画の観客ではなく、主人公なのです。一人称視点で、その世界を体験してください。
まず、視覚です。周りを見渡してください。壁の色は何色ですか?どんな家具が置かれていますか?窓の外にはどんな景色が広がっていますか?光の加減はどうでしょう?細部まで、できるだけ鮮明に、色鮮やかに見てください。
次に、聴覚です。その空間では、どんな音が聞こえますか?遠くで鳥のさえずりが聞こえますか?時計の穏やかな秒針の音?愛する人の笑い声?あるいは、心地よい静寂でしょうか?
そして、触覚。あなたが座っているソファの布地の感触は?手に持った温かいマグカップの感触は?素足に触れる床のひんやりとした感触は?頬を撫でる優しい風を感じてください。
さらに、嗅覚と味覚です。淹れたてのコーヒーの豊かな香り、庭の花の香り、新しい木の家の香りがしますか?マグカップの中の飲み物の味はどうでしょう?
このように五感を総動員して、そのシーンをありありと体験するのです。この多感覚的なイメージングが、あなたの脳に「これは現実の体験だ」と錯覚させ、その現実に対応するための神経回路を新たに形成し始めます。
そして、最も重要なのが、その体験から生まれる感情です。この美しいリビングで、あなたは何を感じていますか?深い安らぎ、満ち足りた幸福感、これまでの努力が報われた達成感、そして、このすべてを与えてくれた宇宙への深い感謝の気持ち。このポジティブな感情の波に、あなたの全身を浸してください。
この心の映画を、毎日数分間、上映し続けてみてください。それは、あなたの潜在意識にとって、繰り返し見る予告編のようなものです。やがて潜在意識は、この予告編を本編の映画として現実世界に投影しようと、全力を挙げて働き始めるでしょう。あなたの知覚は、その映画の実現に必要な人、物、情報に敏感になり、あなたの行動は、自然とそちらの方向へと導かれていくのです。ビジュアライゼーションとは、未来を予知する行為ではなく、未来を創造するための、最も楽しい稽古なのです。


