172.中庸(ニュートラル)であることの力

自己啓発

私たちは、感情をまるでシーソーのように捉えがちです。片方に「ポジティブ」、もう片方に「ネガティブ」という重りを乗せ、常にポジティブ側に傾いている状態こそが理想だと信じ込まされています。自己啓発の世界では、「常に前向きであれ」「ネガティブな感情は手放せ」という言葉が、まるで絶対的な真理のように語られることも少なくありません。しかし、このシーソーゲームに乗り続ける限り、私たちの心は永遠に安定を得られないのではないでしょうか。なぜなら、片方に強く傾けば傾くほど、反対側への揺り戻しもまた、同じだけの力で生じるのが自然の理だからです。

ヨガの叡智は、この二元論的なゲームから静かに降りる道を指し示します。それが「中庸(ニュートラル)」であることの力です。仏教ではこれを「中道(ちゅうどう)」と呼び、快楽と苦行の両極端を避けることで、真の安らぎと智慧に至ると説きました。これは、感情をなくすことでも、無感動になることでもありません。むしろ、シーソーの中心軸、その揺れを静かに見守る不動の支点に、自分自身の意識の座を定める稽古なのです。

考えてみてください。あなたが山のポーズ(タダーサナ)で立つとき、前屈みでも後ろに反り返るのでもなく、左右に傾くのでもなく、天地を貫く一本の軸を探します。その中心軸が見つかったとき、最小限の力で、最も安定して立つことができる。心もまた、同じです。喜びの絶頂に舞い上がりすぎず、悲しみのどん底に沈みすぎない。その中心にいるとき、心は最も消耗せず、世界をありのままに捉えるクリアな視界が拓けてくるのです。

この中庸の状態は、古代インドのサーンキヤ哲学が説く三つのグナ(性質)の調和とも深く関わっています。激質(ラジャス)は活動や情熱のエネルギーであり、喜びや怒りを生み出します。暗質(タマス)は停滞や惰性のエネルギーで、無気力や悲しみと結びつきます。そして純質(サットヴァ)は、調和と純粋性のエネルギーであり、静かな喜びや明晰さをもたらします。多くの人はラジャス的な興奮を追い求め、タマス的な停滞を嫌いますが、ヨガが目指すのは、サットヴァが優位な状態でラジャスとタマスがバランスを保っている状態です。つまり、中庸とは、これら三つの力が絶妙な均衡を保った、最も創造的で安定した心の状態なのです。

このニュートラルな状態は、決して「何もしない」退屈な状態ではありません。むしろ、あらゆる可能性に対して開かれた、究極の「構え」の状態と言えるでしょう。武道の達人が、敵のどんな動きにも即座に対応できるよう、力を抜き、中心に意識を置く姿を想像してみてください。その構えは、ポジティブでもネガティブでもありません。ただ、ニュートラルです。だからこそ、次の瞬間、最適な一手を打つことができる。私たちの人生も同じです。予期せぬ出来事という「相手の動き」に対し、感情的に「反応」するのではなく、ニュートラルな中心から、しなやかに「応答」するための力を養う。それが中庸の稽古なのです。

引き寄せの法則という観点から見ても、このニュートラルな意識は極めて重要です。「絶対にこれを手に入れたい!」という強すぎる願望(ラジャス)は、裏側に「それが手に入らないかもしれない」という不安(タマス)を抱えています。この強烈な執着は、宇宙の流れに抵抗する力となり、かえって実現を遠ざけてしまうことがあります。一方で、ニュートラルな心は、静かな湖面のようなもの。そこに「こうなるといいな」という意図の小石をそっと投げ入れると、その波紋は抵抗なく、どこまでも広がっていくのです。執着から解放された、静かで揺るぎない信頼の状態。それこそが、宇宙の采配を最もスムーズに受け取るための、最高の受信機となるのです。

日々の実践としては、まず呼吸の観察から始めましょう。感情の波が訪れたとき、それに飲み込まれる前に、「ああ、今、喜びの波が来た」「今度は、怒りの波が来た」と、ただ静かにラベリングしてみる。そして、意識を吸う息と吐く息に戻す。これを繰り返すことで、あなたは波そのものではなく、波が起こっては消えていく広大な海、その不動の中心であることに気づき始めるでしょう。ポジティブとネガティブのシーソーから降りたとき、あなたは人生のあらゆる揺れを乗りこなす、真の自由を手に入れるのです。


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Kiyoshiクレイジーヨギー
*EngawaYoga主宰* 2012年にヨガに出会い、そしてヨガを教え始める。 瞑想は20歳の頃に波動の法則の影響を受け瞑想を継続している。 東洋思想、瞑想、科学などカオスの種を撒きながらEngawaYogaを運営し、BTY、瞑想指導にあたっている。SIQANという日本一簡単な緩める瞑想も考案。2020年に雑誌PENに紹介される。 「集合的無意識の大掃除」を主眼に調和した未来へ活動中。