私たちが日常、何気なく使っている「言葉」。それは、思考を伝達するための単なる記号や、コミュニケーションのための音声ツールなのでしょうか。ヨガの叡智と日本の古神道が共有する深い洞察によれば、言葉はそれ以上のもの、すなわち、意図と感情というエネルギー(プラーナ)を乗せて世界に放たれる、強力な乗り物なのです。日本では古来、発した言葉が現実の世界に影響を与えるという思想が「言霊(ことだま)」として根付いてきました。美しい言葉は吉事を招き、穢れた言葉は凶事を招くと。これは、単なる迷信ではなく、宇宙の法則と人間の意識の働きに関する、深遠な真理を突いています。
ヨガの伝統において、宇宙の始まりは音であったとされます。原初の振動、聖音「オーム(AUM)」。この宇宙創造の音が、あらゆる存在の根底に響いていると考えられています。そして「マントラ」とは、この宇宙の根本原理と共鳴するための、神聖な音の配列です。特定の言葉の振動(プラーナ)を繰り返し唱えることで、私たちの意識の周波数を変容させ、内なる神聖さと繋がるための、洗練された音響技術なのです。
では、この言霊の力は、私たちの現実創造、すなわち「引き寄せ」にどのように作用するのでしょうか。
一つには、量子力学が示唆する世界観との比喩的な類似性が見出せます。量子レベルでは、物質は観測されるまで確定した状態を持たず、可能性の「波」として存在すると言われます。私たちの意識が「意図」という形で特定の未来に焦点を合わせ、それを「言葉」という形にして観測(宣言)する時、無数の可能性の中から一つの現実が「粒子」として立ち現れる、そのプロセスを後押しする力となるのかもしれません。
より身近なレベルでは、脳科学的な仕組みが関わっています。私たちが発した言葉は、誰よりもまず、自分自身の耳が聞いています。そして、その情報は脳へと送られ、私たちの自己認識や信念体系を形成していきます。ネガティブな自己批判の言葉(「私はダメだ」「どうせ無理だ」)を繰り返せば、脳はそれを事実として認識し、ストレスホルモンを分泌させ、無意識のうちに失敗を誘発するような行動パターンを選択し始めます。逆に、ポジティブな肯定の言葉(アファメーション)を唱え続ければ、幸福ホルモンが分泌され、脳の網様体賦活系(RAS)というフィルターが、その言葉に合致する情報や機会を優先的に拾い上げるようになります。つまり、言葉は、自分自身に対する最も強力なプログラミング言語なのです。
この言霊の力を、人生をより良い方向へ導くために意識的に活用するには、ヨガのヤマ(禁戒)の実践が道標となります。
まずは「アヒンサー(非暴力)」。その最初の実践対象は、あなた自身です。内なる対話の中で、自分を責め、裁き、貶める言葉を使っていないでしょうか。その内なる刃を収め、自分自身に対して、最も親しい友人に語りかけるような、優しく、慈愛に満ちた、励ましの言葉を選ぶことから始めましょう。
次に「サティヤ(正直、真実)」。これは、他者に対する嘘や偽りをやめることだけでなく、ゴシップや悪口、不平不満といった、真実でない、あるいはネガティブなエネルギーを帯びた言葉を口にしないことも含みます。これらの言葉は、相手を傷つける以前に、まず語っているあなた自身のエネルギーフィールドを汚染し、波動を下げてしまいます。あなたの口から発せられる言葉が、あなたの真実と調和しているか、常に自問することが大切です。
そして、この原則を積極的に活用するのが「アファメーション」の実践です。あなたの聖なる意図(サンカルパ)を、「私は豊かで、健康で、愛されている」のように、力強く、肯定的で、現在完了形の言葉にして繰り返し唱えます。大切なのは、ただ言葉をオウム返しにするのではなく、それがすでに実現したかのような感情、すなわち感謝や喜びの感覚を伴わせることです。感情というプラーナが乗った言葉は、何倍もの力を持って宇宙に響き渡ります。
私たちの口から放たれる一つ一つの言葉は、未来の自分と世界を創造するための種蒔きです。あなたの人生という庭に、どのような言葉の種を蒔きたいですか。言葉を、神聖な創造の道具として敬意を払い、愛と感謝と真実の光を乗せて用いる時、私たちの現実はその美しい言霊に応答するかのように、豊かに開花していくことでしょう。


