ヨガクラスや瞑想クラスでたくさんの人と出会っていると思いますが、対応や会話をしたり教えていてイライラしたりすることはないのですか?【ヨギボズQA】

クラスについて

ヨギボズQAとはEngawaYogaオーナーKiyoshiと高野山真言宗の阿里僧侶が読者の質問に対して回答したもの(ヨギーとボーズの回答集)となります。

その場のノリに任せて回答しておりますので至らない点や少々眉をひそめる回答もあるかもしれません。

寛大な心でお読みいただければと思います。

ヨギボズQAの回答集は以下にございます。

ご興味があればご覧ください。

では今回の内容をどうぞ。

 

質問:ヨガクラスや瞑想クラスでたくさんの人と出会っていると思いますが、対応や会話をしたり教えていてイライラしたりすることはないのですか?

ご質問ありがとうございます。

正直なところ、そういったことはありますよ。

イライラというものではなく、残念という方が意味合いとしては近いと思いますが。

そういったものはあります。

実際に起こってしまった残念な気持ちを許していくことが大事に観じます。

なぜなら、そのような気持ちが起こってしまうことを自分も過去にやってきたからです。

それでは、以下のヨギーと坊主の回答をご覧下さい。

 

回答:期待をし過ぎると残念に感じてしまう。そして残念に思うことは自分も過去にしてきていると自分を許すこと。 BY KIYOSHI

そもそもの話ですが、周りの方々と話をしていて観じるのは、自分は人よりかはイライラや怒りのようなものを観じるのが少ない方みたいです。

訓練でそうなったというよりかは、そういう性質があると感じています。(ヨガや瞑想のお陰も多分にあります)

今の状態は、その特質をヨガや瞑想の訓練でさらに伸ばしたという感じでしょうか。

瞑想でもヨガでも悪い方へのエネルギー(一般論としての悪いと判断ください)は消化されていくと感じます。

すでにあるエネルギーを抑圧するのではなく、エネルギーが浄化されていくようなイメージです。

ですが、過去の体験で抱えたものは外に出さないと本当の意味では浄化されないようです。

ですので、出すのは大事です。

瞑想ではそういったものが出てくるので、浄化にオススメです。

時に大きな浄化の必要なものも出てきて大変ですけどね。

瞑想中の話になってしまったので、話を戻しますが。

日常でのイライラの原因のひとつが相手への期待ですね。

期待することで、期待した結果がでない時に期待と結果に差が生じてイライラにつながります。

もう一つは、自分がやってきた行いを省みるタイミングが来たということです。

 

期待しすぎない

期待してしまってイライラに繋がっている場合は、そのまま期待しないことですね。

これに尽きます。

期待しすぎると、現実とのギャップが生まれてしまいます。

期待しすぎると、要求し始めてしますから相手も拒絶するかもしれません。

「なんでこうなるんだ!もっとこうしろ!」みたいに。

期待をやめましょう。

期待しないと決めています、私は。

どうしても期待してしまう時は、それでも期待しすぎないという感じにしております。

少しでも期待値を下げると楽になるのはまずは自分で、楽になった自分の対応もいい感じになりますので、その相手にとってもよろしいかと思います。

最近もありまして、期待が原因だと感じて「まぁいいっか」と思ったところ非常に楽になりました。

 

許すということ

次は、残念に思うようなことに関しての話です。

人と話している時に相手に残念な気持ちが発生することがあります。

別に上から目線とかではなくて、そのまま残念って感じです。

その残念な気持ちを抱いた相手に対して、自分もそういうことをしてきたのだなと、まず自分を許します。

自分を許すのです。

実は、そういうことが瞑想でも起こってきます。

瞑想では過去を追体験するような時期があります。

そういった場合に、現実の目の前の人に感じる残念感や苦しみ感と同じものが生じるので瞑想中とリアルな世界との両方で自分を許していくのです。

自分を許せることができたら、もう終わりと言っていいかもしれません。

 

「なぜ、あなたは、それをするのかわからない」時にちょっと残念に思うが、それでも自分を許す

正直なところを書いてみたいと思います。

私の周りには素敵な人がたくさんいます。

勉強熱心な方もたくさんいます。

自分ももっと色々と体験しよう、勉強しよう、鍛錬していこうと思わせてくれる素晴らしい方がいます。

そういった方々のお陰で行動にも移せるので貴重な存在です。

そういった方々の中には、普段は素晴らしいのに時に変な選択をする時があります。

変な選択というのは私が違和感を感じるだけでなく一般的にも「明らかに変だし、周りの人を幸せにしないし、そして不調和だし、なぜこの人がこんなことを?」というような選択です。

もちろん犯罪とかそういうレベルの話ではありません。

もう少しライトなことです。

お金と時間を費やして、なぜそんなことにパワーを注ぐのかと、思ってしまうのです。

それよりかは、そのお金と時間を使って他にもやることがあるだろ、と正直思ってしまうのです。

大きなお世話だし、いろんな価値がそこにあるのですから、私からとやかく言う必要はないのですが、明らかにおかしいと思うことに対しては、やはり素晴らしい方だけに残念に思うのです。

これも、自分が相手に期待していることの現れです。

そして、自分の価値観を人に押し付けてしまっていることの現れでもございます。

相手を変えようとするのではなく、そんな自分を許していくのです。

自分の器を広げてもいくのです。

自分の気持ちをグッと感じてみるのもいいですし、瞑想して向き合うのもいいですね。

慈悲の瞑想をやるのも効果的に感じます。

自分を許すのです。

すると、自分にまずは変化がきます。

自分を許すことがスタートであり、終わりなのかもしれません。

それでも許せなかったらどうするか。

そのうちできます。

それでもダメならどうするか。

もう、そこは適当にやり過ごしてくだされ。

 

回答:もちろんイライラしますけど BY 阿里

もちろんイライラします。

イライラすることありますよ。

それはもちろん、当たり前じゃないですか。

特に私は僧侶ですから、クラスに限らず、色々な人と、色々な場所、色々な状況でお会いします。

ネガティブな感情やエネルギーをぶつけられたりとかもしますし。

無礼だなと感じさせられる人もいます。

八つ当たりのようなこともあります。

その人が悪いわけでもないけれど、単に私と相性が悪いのかなという人もいます。

本当に色々です。

今まで瞑想したり色々なワークをやってきましたけれど、イライラしないということはなかなか無いですね。

そうありたいものですが、なかなかね。

 

感情はおさえるとこじらせる

イライラするのは誰だって嫌なものです。

嫌なものはできるだけ避けたいです。

だからもしかしたら、イライラしないようにならないと、と思うかもしれません。

ただ大前提として忘れてはいけないことがあります。

それは、無理に感情をおさえるとこじらせる、ということです。

イライラは嫌だイライラしてはいけないと思うあまりに、無理にイライラをおさえたり、気をそらしたりということですね。

こういうのは感情をこじらせます。

本人の意識していないところで、思考や判断に悪影響をゆがませたり、全く関係の無いところで爆発したりします。

こじらせるのは、本人が気づいていないから厄介なのです。

できるだけ、こじらせるのは避けたいところです。

 

正しく感情と向き合うこと

イライラと言っても色々あります。

その状況やその人次第で、そのイライラの種類や強さとかあると思います。

それを自分で正確に分析してみることが重要です。

例えば、

何にイライラしているのか。
何でイライラしているのか。
どのくらいイライラしているのか。
どのようにイライラしているのか。
短期なのか、長期なのか。

その人が悪いのか、自分が悪いのか、両方悪いのか、それとも誰も悪くないのか。

認知心理療法などでよく使われるワークですね。

まずは感情を認識し、ただの事実にしてしまう。

自分はこのようにイライラを感じている、という事実として認識することが大事です。

感情と向き合うことというのは、ある程度練習が必要です。

いきなりイライラしなくなったり、操れるということはありません。

だから、こういうワークや観察を通して、感情に対して上手になる必要があります。

 

心の筋トレ

やはり自分の心と向きあうことに瞑想は効果的です。

瞑想は「心の筋トレ」といわれることもあります。

最初からうまくいくなんてことはないですし、時としてなかなか上達しなかったりします。

ちょっとやったらできるようになる人もいれば、そうじゃない人もいます。

しかし、やったらやっただけ必ず成長します。

だから「心の筋トレ」です。

それこそヨガや筋トレと一緒ですね。

私自身イライラしたりすることはなくなってません。

全くなくなってないと言っても良いでしょう。

しかし、昔に比べてイライラを管理できるようにはなってきたと感じてます。

当社比ってやつで、あくまで比較的、少しだけですけどね。

まだまだこれからの瞑想、これからの練習次第だなーと思ってます。

だけど、自分なんかでもそんな効果は多少なりともあったんだよ、ということは伝えたいのです。

 

怨憎会苦

お釈迦さまは人間にある八つの苦しみの一つに、怨憎会苦(おんぞうえく)があると言いました。

怨憎:うらみにくむ者にも会わないといけない苦しみのことです。

いや~な人に会うのはどうしても避けられない苦しみです、とお釈迦さまは言っているわけですね。

お釈迦さまが言うくらいにどうしようもない。

そりゃこちらが感情との付き合い方を上手くなる必要があるわけですね。

 

 

終わりに

不定期ですが、まだまだ更新していきますので少々お待ちください。

「ヨガをより楽しめるように」
「瞑想がより起こりやすくなるように」
「日常生活の深刻さが減少するように」
ご活用頂ければうれしく思います。

それではより素晴らしい日々が送れることを祈っております。

・Kiyoshiの紹介 → Kiyoshiプロフィール

・阿里坊主の紹介 → 阿里坊主のプロフィール

 

 



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Kiyoshiクレイジーヨギー
*EngawaYoga主宰* 2012年にヨガに出会い、そしてヨガを教え始める。 瞑想は20歳の頃に波動の法則の影響を受け瞑想を継続している。 東洋思想、瞑想、科学などカオスの種を撒きながらEngawaYogaを運営し、ENQAN(ヨガ)、JIQAN(内観)、瞑想指導にあたっている。SIQANという日本一簡単な緩める瞑想も考案。2020年に雑誌PENに紹介される。 「集合的無意識の大掃除」を主眼に調和した未来へ活動中。