私たちがなかなか手放せない荷物の中に、「ペインボディ」と呼ばれるものがあります。
これは、エックハルト・トールさんが提唱した概念で、過去の感情的な痛みの蓄積を指します。
まぁ平たく言えばエゴってやつですね。
「あの時、あんなことを言われた」「自分はいつも損をする役回りだ」「思い出すだけで辛い」などなど。
私たちは無意識のうちに、この古い痛みの物語を反芻します。
そして、反芻を繰り返していくうちに、それを自分の一部(アイデンティティ)として取り込んでしまいます。
なぜでしょうか?
それは、不幸な物語であっても、「自分は何者か」を定義してくれるからです。
「かわいそうな私」「苦労している私」という役柄を手放すと、自分が何者でもなくなってしまうような恐怖があるからです。
駄々をこねることで注意を引く人、イライラする人、黙ることで注意を引く人、いろんな人がいますが、ペインボディが騒いでおり、何者でもない私を大切にしてもらおうとしているのです。
ねじれたやり方ではありますが、効果はあります。優しい人たちが構ってくれます。
私たちはこういうことをしています。
私もしていました。かなり減りましたが、苦労しました。
反芻というのが勝手に起こるので、自動で感情が出てくるのです。
観察している自分はいるのですが、困ったものでした。
「なんでこんなことするんだこの人は!?」とイライラしてしまっていました。
人にも相談しましたが、客観的にその方が酷いことをしてきていても、なんというか、それだけでは納得しない自分がいるのです。
それは、自分の正当性を周りに示したい気持ちがあり、それによって自分を大事な人として評価してもらいたいという感情でした。
まぁ、普通かもしれませんが、悲しい気分になりましたよ。ほんと。
しかし、変化し続けるためには、この古い物語を終わらせなければならないのも事実です。
こんなことに巻き込まれてばかりではいけません。
そのためにヨガをやろうということです。
が、それはあまりにもセールスが過ぎるので、ヨガはヨガでオススメですが、他の簡単な方法も今日は紹介します。
前に紹介した「それもまた過ぎ去るだろう」もオススメです。
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ペインボディが疼き出したとき(過去の怒りや悲しみが湧いてきたとき)、それに巻き込まれず、ただ気づいてください。
「ああ、これは過去のエネルギーだ。今の私ではない」と。
そんな簡単なことです。気づくことです。気づくことで距離が生まれます。距離が大事。
そして、「今の私とは関係ない」と宣言してください。
本当に全く関係ありません。
勝手に関係を作っているのはエゴだからです。
エゴの自作自演です。
全く関係ありません。
気づいたら放り投げる。
以上です。
自分を被害者の座から降ろすのです。
そもそも被害者なんていないのです。
加害者もいません。
誰もいません。(ちょっと意味不明かもしれませんが)
エゴのでっち上げに付き合う必要はありません。
すべての物語を手放すのです。
ただの「生命力が上がる」ことに意識を向ける。
すると充足がやってきます。
ぜひ。



