自然界で起きる「崩壊」と、私たちの内側で起きる「崩壊」

縁側日記

自然界で起きる「崩壊」と、私たちの内側で起きる「崩壊」、この二つは、果たして無関係なものでしょうか。

空が泣けば、私たちの古傷も痛みます。
大地が揺れれば、私たちの心もまた、拠り所を失い不安に震えます。
「自然現象は自然現象、自分の内側の現象とは異なる」と、別のカテゴリのこととして切り離して処理する方が、現代的な理性においては正しい態度とされるでしょう。
天気予報を見て傘を用意するように、ただの物理現象として対処すればいい、と。

しかし、東洋の智慧、そしてヨガの深い眼差しは、異なる風景を見ています。
外の世界(マクロコスモス)と内の世界(ミクロコスモス)は、合わせ鏡のように互いを映し合っているのです。
ですから、外の世界で「決壊」や「崩壊」が起きているとき、それはあなたの内なるダムが、もう限界を迎えているという「サイン」なのかもしれません。
そのサインを無視して、「私は大丈夫だ」「管理できている」と強がることは、事態をより深刻なものにしてしまいます。

今日は、少し厳しい視点も含めて、この「内なる崩壊」と現代ヨガ、そして社会の病理についてお話しします。

 

境界線という幻想

私たちは、皮膚という袋の中に閉じ込められた「個」であると教え込まれてきました。
ここから内側が「私」、ここから外側が「世界」。
そうやって境界線を引くことで、自我(エゴ)という城壁を築き上げ、自分を守ろうとしています。

しかし、呼吸を見てください。
吸う息は、ついさっきまで外の世界の一部でした。吐く息は、次の瞬間には外の世界へと溶けていきます。
私たちは常に世界と交流し、循環しています。
「私」と「自然」の間に明確な境界線など、本来はないのです。

東洋思想には「天人合一(てんじんごういつ)」という言葉があります。
天(自然)と人は本来一つであり、互いに感応し合っているという思想です。
現代人はこの感覚を失ってしまいました。
だから、異常気象を見ても「困ったな」としか思わない。自分の内側で渦巻く「嵐」との共鳴(レゾナンス)に気づけないのです。

 

現代ヨガが陥っている「コントロール」という病

本来、ヨガとは「合一(つなぐこと)」です。
自然と私、身体と心、個と宇宙をつなぎ直す営みのはずです。
しかし、現代のヨガシーンを見渡すと、残念ながらその本質から遠ざかり、むしろ「分断」を深めているように見えることがあります。

自然の崩壊を、内なる崩壊のサインとして受け取れなくなってしまった理由。
それは、現代ヨガが抱える以下のような問題点にあると私は考えています。

ヨガを「生産性向上」のツールに貶めている
「仕事のパフォーマンスを上げるため」「疲れにくい身体を作るため」にヨガをする。これは、自分自身を資本主義社会の歯車として最適化しようとする行為です。ここでは、身体は「いうことを聞かせるべき道具」であり、自然との対話は無視されます。

「ポジティブ」への過剰な執着(トキシック・ポジティビティ)
「ネガティブな感情を手放しましょう」「常に感謝しましょう」と、明るい側面ばかりを強調する傾向があります。これでは、内側で起きようとしている「崩壊」や「悲しみ」といった闇の側面に蓋をすることになります。見たくないものを見ないフリをするのは、抑圧です。抑圧されたエネルギーは、いつか必ず暴発します。

「コントロール」の履き違え
多くの人が、ヨガを「感情や身体をコントロールする技術」だと思っています。しかし、本来のヨガはコントロールを手放す(サレンダーする)練習です。ダムが決壊しそうなのに、さらに強固なコンクリートで固めようとするような無茶を、ヨガという名の下に行っているのです。
身体の「野性」の去勢
清潔で空調の効いたスタジオで、幾何学的に正しいポーズをとることだけがヨガではありません。私たちの身体は本来、自然の一部であり、混沌(カオス)を含んだ野性的な存在です。その野性を管理・飼い慣らそうとすることで、自然現象との共鳴能力が失われていきます。

 

「崩壊」は、悪いことではない

外の世界で土砂崩れが起きるとき、それは地盤が緩み、持ち堪えられなくなった結果です。
しかし、見方を変えれば、それは「新しいバランス」へ向かうための自浄作用とも言えます。
無理に固めていたものが解き放たれ、あるべき姿へと崩れていく。

あなたの内側でも同じです。
「内なる崩壊」の予兆を感じたとき、私たちは恐怖します。
今まで築き上げてきた「社会的な私」「良い親である私」「優秀な私」が壊れてしまう気がするからです。
だから必死に食い止めようとする。

ですが、サインを受け取ってください。
外の世界が荒れているとき、あなたの内側でも「もう頑張らなくていい」「もう演じなくていい」という叫びが上がっているのです。

その崩壊は、破滅ではありません。
それは「脱皮」であり、解放(モークシャ)の始まりです。
ダムが決壊すれば、水は濁流となりますが、やがて海へと注ぎ込みます。
せき止められていた感情、我慢していた言葉、演じ続けてきた嘘。それらが一気に流れ出すことを許してあげてください。

 

崩壊を受け入れるというヨガ

現代社会は、システムを維持するために、個人の崩壊を許しません。
「休んではいけない」「立ち止まってはいけない」と強要してきます。
だからこそ、私たちはヨガのマットの上で、あるいは縁側で、静かに崩壊する練習をするのです。

シャヴァーサナ(屍のポーズ)は、まさに「死」と「崩壊」のシミュレーションです。
肉体の重みを大地に預け、自我のコントロールを手放し、ただの有機物として横たわる。
そこで私たちは一度「壊れる」のです。

自然災害のニュースを見て、心がざわつくとき。
それは「あなたも、もうそろそろ、せき止めているものを流してもいいのだよ」という、宇宙からのメッセージかもしれません。

「自然現象は自然現象」と切り離して、クールに生きるのも一つの処世術でしょう。
しかし、その冷徹な理性の壁が、あなたを孤独にし、苦しめている原因だとしたら?

壁を取り払い、外なる嵐と内なる嵐を共鳴させてみる。
「ああ、今、世界も私も、泣いているのだな」と。
そうやって事象をありのままに受け入れ、共にあること。
それこそが「梵我一如(ぼんがいちにょ)」へと続く道であり、私たちが目指すべきヨガの境地なのではないでしょうか。

壊れることを恐れないでください。
崩れた後にしか、見えない景色があります。
更地になった心にだけ、新しい草花が芽吹くのですから。

ではまた。

 



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Kiyoshiクレイジーヨギー
*EngawaYoga主宰* 2012年にヨガに出会い、そしてヨガを教え始める。 瞑想は20歳の頃に波動の法則の影響を受け瞑想を継続している。 東洋思想、瞑想、科学などカオスの種を撒きながらEngawaYogaを運営し、ENQAN(ヨガ)、JIQAN(内観)、瞑想指導にあたっている。SIQANという日本一簡単な緩める瞑想も考案。2020年に雑誌PENに紹介される。 「集合的無意識の大掃除」を主眼に調和した未来へ活動中。