いかに取ろうとするかではなくて、お店の人も助けてあげればいいのではないでしょうか

日常生活について

コミュニケーションというのは、相互の関係で複雑に絡み合います。

立場や役割もコミュニケーションに影響を与えます。

お店の人に横暴になってしまう人を時々みかけます。

その人に対して何か怒ることで自分を自己肯定されたい印象を受けたり、自分を構ってもらいたいという気持ちがあるように見受けられたり、何か言えば(クレームに近いことをして)得をするのではないかと観じているようにも見えます。

いかがでしょうか。

そういう人が周りにいるでしょうか。

なんだか怖いなと観じました。

実際問題として、怒ることで自己肯定させることはできないじゃないですか。

公の場所で理不尽に怒ることは、その人の人間的弱さの露呈ですから。

そうやって怒ることで不幸を増やしていってしまう。

それをその人の中で良しとしている。

そうなってくると余計なお世話ですが、少しかわいそうにも思えてきてしまいます。

 

人にはねじれがある

自分を構ってもらいたいという気持ちが強い人もねじれていますよね。

お店の人に構ってもらいたいというのも不思議ですけど、自分を構ってもらいたいならそのまま素敵な人へと邁進するのが近道ですが、騒ぐことで構ってもらうという安直なことをしてしまう。

そういう人は、お金を払ったからには「私を構って」と思っているのでしょうか。

UNIQLOなどで過剰な接客は期待しないにしても、もう少し高級なお店では自分にとって都合のいい接客を要求してしまう。

実際には高級だろうが、量販店だろうが、ただ買い物をして、そこにただそこのコミュニケーションがあるだけ。

変な幻想を抱くからおかしなことになるのかもしれません。

そういった中で、クレームに近いようなことを言ってくる人もいます。(正直、それはクレームよりか酷いということをされる人を見ることもあります)

なんでそういうことになるのか意味がわからないのですけど、ご本人の中で悪魔が暴走していらっしゃるのだと思います。

そういったねじれに気づいていかないと危ないですね。

 

普段はいい人なんだけどという罠

クレームを言ったり、怒り出したりして利益を得ようとする人たちは「普段はいい人なんだけど、、、」という言い方をされる場合があります。

これもいけませんね。

普段がいい人かどうかは関係ありません。

現実にあるのは、クレームを言って店の人を困らせているということだけです。

怒り出して周りに嫌な気分をさせているだけです。

普段がいいかどうかは関係なく、ダメなものはダメ。

犯罪者が普段はいい人だからと言って、犯罪がなかったことにはなりません。

良い人が車の運転で違反をすれば、良い人かどうかに関係なく、それ相応の処罰があります。

酔った勢いでやらかしてしまう人が、シラフの時にやらかさないからそれはなかったことにしよう、とは思われないのと一緒です。

出てきてしまっているものは出て来てしまっているということです。

だから、普段は関係なくクレームを言って来ている人というのは、そういう人なのです。

自分の身近な人でそういう人がいると辛いですよね。

私もそういうので注意したことがあります。

通じなかったりもして、心身を消耗します。

 

損得を考えても損

こういうのって損得感情で考えても実は損なのですけどね。

クレームを言ってうまくいくとか大損ですよね。

その人は、これで得すると思ってこれからも文句を言う日常を送るんですよ。

文句を言って利益を得ていくには、文句を言う先が必要です。

それを毎日のように探し続ける。

文句を言う先を探し続けるというのは粗探しであったり、弱い人を見つけるとか、そういった活動です。

そういった時間が幸せなわけがありません。

幸せから遠くへと歩んでいく生活スタイルです。

自己正当化もし始めるでしょう。

私は悪くないと。

その兆候が見えている時点でかなりの不幸やストレスを抱えていることでしょう。

こんな酷い人はいないと思いますけど、小さくは同じような状態になっている人はいると思います。

そこに気づいて、良いもの探しをできるといいですね。

良きものを探していく。

良きものと出会っていく。

良きものとの時間を大切にする。

そうやっていくことが損得でも得だと思います。

 

あるがままへ

あるがままに一読すると心が晴れるかもしれません。

ねじれているというのは大変なのです。

周りに意見を言ってもらおうと思っても、自分にとって都合が良いように捻じ曲げて人に伝えます、そういう人は。

だから、自分で気づくしかありません。

もしくは、追い込まれることが必要かもしれません。

追い込まれるというのでは、BTYTTもおすすめですけど。

 

参考記事

動いてみよう、実践してみよう、やってみよう、そこに生き様が出る【BTYTTで学んだこと】

ヨガでも勉強でも仕事でも”合宿”で集まると体がつながる【BTYTTで学んだこと】

 

とにかく気づいくこと。

そして、その気づきを実践していくこと。

それの繰り返しだと思います。

ヨガと一緒です。

 

終わりに:自分が損してもいい

損してもいいと思えると強いです。

損してもいいと思えると、案外正常な判断もできます。

怒っていたり、心配し過ぎている時は、自分に意識が向きすぎです。

勘違いも多い。

その勘違いは欲から来てますので、一旦はそこから離れる。

それが損してもいいということです。

損しても大丈夫ですよ。

関連記事:損すると思っていることの方が得なのかもしれないという現象

損して得取れではないですよ。

損してもいいと思うだけです。

それだけで正常運転ができますので、お試しあれ。

損しても大丈夫です。

 



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Kiyoshiクレイジーヨギー
*EngawaYoga主宰* 2012年にヨガに出会い、そしてヨガを教え始める。 瞑想は20歳の頃に波動の法則の影響を受け瞑想を継続している。 東洋思想、瞑想、科学などカオスの種を撒きながらEngawaYogaを運営し、ENQAN(ヨガ)、JIQAN(内観)、瞑想指導にあたっている。SIQANという日本一簡単な緩める瞑想も考案。2020年に雑誌PENに紹介される。 「集合的無意識の大掃除」を主眼に調和した未来へ活動中。