SNSとアスミター(自我意識)の肥大:自己を飾る心の防衛機制を紐解く

365days

日常の中で、ふとスマートフォンの画面に目を落とし、気づけば何十分もスクロールを続けていることはないでしょうか。

私たちの多くは、無意識のうちにデジタル空間の渦に巻き込まれ、日々の貴重なアテンション(注意力)をそこへ注ぎ込んでしまいがちです。

その空間を覗くと、まるで競い合うようにして「美しい自分」や「充実したライフスタイル」が発信されているのが日常の光景となっています。

こうした光景を目にするとき、かつてのヨガの聖者たちが警告した心の働きが、形を変えて現代に蘇っていることに気づくでしょう。

ヨガは本来、心を波立たせる「クレーシャ(煩悩・苦しみの原因)」を静めるためのアプローチでした。

しかし現代のSNSは、そのクレーシャを増殖させる精巧なシステムとして機能している側面があるのです。

 

ヨガ哲学におけるアスミター(自我意識)の定義

SNSにおける自己演出を深く理解するために、まずは東洋思想の智恵に耳を傾けてみましょう。

今から二千年以上前、パタンジャリによって編纂された『ヨーガ・スートラ』では、人間を苦しめる根本的な原因(クレーシャ)として5つの要素が提示されました。

その第2番目に位置するのが、サンスクリット語で「アスミター(Asmita)」と呼ばれる自我意識です。

アスミターとは、一言で表現すれば「私は〜である」という自己規定や、誤った自己同一化を指す概念と言わざるを得ません。

ヨガの哲学においては、私たちの本質は、静かに全てを見つめている「プルシャ(純粋観照者)」という存在なのです。

それにもかかわらず、私たちは常に変化する身体や心、役職、美しさなどを「本当の自分」だと思い込んでしまいます。

「私は美しい」「私は優れている」「私はこのような価値がある人間だ」と定義することこそが、アスミターの働きそのものと言えるでしょう。

 

SNSというアテンションの劇場がエゴを肥大させる

スマートフォンを開いた先にあるSNSの世界は、まさにこのアスミター(自我意識)を無限に増殖させるために設計された装置のようです。

私たちが自分のポートレートや、お洒落なカフェの写真を投稿するとき、脳内では自らのアイデンティティを一時的に固定化する作業が行われていると言えます。

それは、「他者から見られる自分」という記号を作り出し、それを社会に消費してもらう行為に他ならないでしょう。

インターネットのタイムライン上では、その記号に対して「いいね」やフォロワー数といった目に見える数値が次々と与えられます。

この数値化のシステムこそが、私たちのエゴ(アスミター)を強烈に刺激するトリガーとなるのです。

「いいね」の数が増えれば増えるほど、私たちの心は「自分は他者に認められている」「このデジタル上の自分には価値がある」という錯覚を強めていくことになります。

しかし、ここで肥大化しているのは本質的な自己(プルシャ)ではなく、外側の評価によってのみ維持される不安定なエゴに過ぎないのです。

 

エゴの演出は悪ではなく、傷つきやすい心の防衛機制である

このように説明すると、「SNSで自分をよく見せようとするのは、心が未熟で愚かな行為なのだ」と自分を責めてしまう人がいるかもしれません。

しかし、ヨガの哲学者として私が最も強調したいのは、このエゴの演出は決して悪いことでも、恥ずべきことでもないということです。

それはむしろ、変化の激しい現代社会を生き延びるために、私たちの脳が必死に働かせている「自然な防衛機制(ディフェンス・メカニズム)」と言えます。

現代社会、特に都会の喧騒の中で暮らしていると、私たちは無意識のうちに強い孤独感や、自分が取るに足らない存在であるかのような不安を抱きがちです。

東洋思想では、人間が持つ根本的な恐怖として「アビニヴェーシャ(死への恐怖・消滅への恐れ)」を重視しています。

誰もが「自分という存在が消えてしまうのではないか」「社会から見捨てられるのではないか」という根源的な不安を抱えながら生きているのです。

この見えない恐怖から自分を守るために、私たちの心は「美しい自分」「認められている自分」という硬い鎧をSNS上に作り出します。

 

SNSの承認欲求は外側に求める温もり

SNSで綺麗な写真をアップし、多くのリアクションを求めるのは、心が冷えたときに温かいスープを求めるのと同じくらい自然な欲求と言えます。

「誰かに自分の価値を証明してほしい」と願うのは、私たちが社会的な生き物であり、他者との繋がり(コネクション)を求めている証拠でもあるのです。

鎧をまとうことそのものを批判する必要はどこにもありません。

ヴィーガンが時にお肉を恋しく思うように、ヨガの実践者が時には他者からの承認を欲したとしても、それは極めて人間らしい矛盾に過ぎないのです。

大切なのは、自分が「いま鎧を身にまとっている最中なのだ」と、一歩引いた視点から気づいていることではないでしょうか。

鎧を自分そのものだと勘違いしてしまうと、その重さに身体も心も疲れ果ててしまいます。

他者からの承認という名の「外側の温もり」は、風が吹けばすぐに冷めてしまう一時的なストーブのようなものだからです。

 

身体の感覚に意識を引き戻し、エゴを脱ぐ

では、肥大化し続けるアスミター(自我意識)を静め、本当の心の静寂を取り戻すにはどうすれば良いのでしょう。

そのための最もシンプルで強力なアプローチが、私たちの身体感覚へと意識を引き戻すことです。

現代人はスマートフォンの画面を見る際、意識のほぼ100%が頭(脳)の領域に偏っています。

これは、文字通り「身体を置いてきぼりにして、デジタルな幻想空間にトリップしている状態」と言えるでしょう。

この偏りをリセットするために、まずは自分の呼吸や、足の裏が地面に触れている感覚を丁寧に感じてみてください。

EngawaYogaでは、ただ静かに座り、何もしない瞑想を「SIQAN(シカン)」と名付けて実践しています。

このSIQANの時間は、頭の中で騒ぎ立てているアスミターの声を一時的にミュートし、身体の緊張をユルユルと解きほぐしていくプロセスです。

身体が緩むと、不思議なことに、あれほど執着していた「他者からの評価」や「完璧な自分を演じる必要性」が、どうでもよくなってきます。

 

集合的無意識の大掃除と、自己肯定からの解放

SNS上のエゴの暴走を和らげることは、単に個人の心のケアにとどまらず、社会全体の軽やかさにも繋がっていきます。

私たちが他者からの承認に一喜一憂しなくなるとき、それは社会全体に漂う重苦しい比較のエネルギーを中和する「集合的無意識の大掃除」となるのです。

現代社会は「自己を肯定せよ」「もっと価値ある人間になれ」と私たちを急き立てます。

しかし、ヨガが目指すのは「自己肯定」ではなく、むしろありのままの自分をただ観るという「自己の受容」、そして最終的にはエゴからの解放です。

「いいね」をたくさん貰っている美しい自分も、何のリアクションも得られずに少し寂しさを感じている自分も、等しくプルシャ(純粋観照者)に映し出される一過性の風景に過ぎません。

どちらの自分であっても良いのです。

まずはその時々の心の揺れを、ジャッジすることなく「なるほど、いま私のエゴは少し不安なのだな」と、愛おしく見守ってあげましょう。

 

おわりに:今ここにある、満ち足りた静寂

デジタルという巨大なアテンションエコノミーの渦から一歩外に出て、自分の内側に静かなスペースを作ってみてください。

あなたがSNSでどれほど多くの注目を集めていようと、あるいは全く無名であろうと、あなたの存在自体の価値には1ミリの増減もありません。

東洋思想が教える「サントーシャ(足るを知る)」の智恵は、私たちが最初から完全に満たされている存在であることを優しく指し示しているのです。

何も付け足す必要のない、真っさらな自分に戻るための贅沢な時間を、日常の中に少しずつ設けてみましょう。

身体の力を抜き、ただ今この瞬間を呼吸するとき、スマートフォンの中には決して見つからなかった、永続的な心の静寂があなたを優しく包み込んでくれるはずです。



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Kiyoshiクレイジーヨギー
*EngawaYoga主宰* 2012年にヨガに出会い、そしてヨガを教え始める。 瞑想は20歳の頃に波動の法則の影響を受け瞑想を継続している。 東洋思想、瞑想、科学などカオスの種を撒きながらEngawaYogaを運営し、ENQAN(ヨガ)、JIQAN(内観)、瞑想指導にあたっている。SIQANという日本一簡単な緩める瞑想も考案。2020年に雑誌PENに紹介される。 「集合的無意識の大掃除」を主眼に調和した未来へ活動中。