報酬は常に集団によって配分される。おかしな集め方をすると、なぜ然るべきことが起こるのか

365days

自分で必死に努力して稼いだお金だから、これはすべて自分の実力によるものだ。
現代の競争社会では、このような個人主義的な考え方がごく当たり前のものとして受け入れられています。
しかし、東洋思想の深遠な視点から世界を眺めると、まったく異なる真実が静かに浮かび上がってくるのです。
私たちが手にするあらゆる「報酬」は、実は個人の力だけで生み出されたものではありません。
お金や社会的地位、信頼、健康、そして心の静けさに至るまで、すべての報酬は「集団(全体)」の調和によって配分されている、というのが世界の仕組みなのです。
今回は、この報酬の配分システムと、そのエネルギーをおかしな方法で集めてしまったときに起こる「然るべき結果」について、ヨガ哲学と集合的無意識の視点から紐解いてみましょう。

 

歴史的・思想的背景:宇宙の調和「ダルマ」と「カルマ」の法則

東洋思想の根底には「自他一如(じたいちにょ)」、すなわち自分と他者は地続きであり、本質的に一つであるという世界観が流れています。
古代インドのヴェーダの時代から、この宇宙全体の調和や秩序を保つ根本的な法則を「ダル(Dharma
/ 宇宙の正法)」と呼んできました。 一方で、私たちが起こす個々の行為と、それに対して生じる反作用の連鎖を「カルマ(Karma / 因果の法則)」と定義します。

この二つの概念から見れば、個人が受け取る「報酬」とは、巨大な全体(集合的無意識)のネットワークの中で自然に割り振られたエネルギーの一形態に過ぎません。
つまり、私たちを生かしてくれている社会や自然、他者という巨大な集団の支えがあって初めて、その取り分が配分されているのです。

自分一人の才覚だけで富や成果を独占しているという思い込みは、ヨガ哲学が最も戒める「アヴィディヤー(無知)」の最たるものと言えます。

 

「おかしな集め方」がもたらすスピリチュアルな病理

では、タイトルにある「おかしな集め方」とは、具体的にどのような状態を指すのでしょうか。
それは、他者を出し抜いたり、嘘や誇大広告、あるいはSNSにおける過剰な自己演出によって、エネルギーを強引に自分へと誘導する行為です。
ヨガ哲学における「クレーシャ(煩悩)」、特にラーガ(愛着・欲望)やアスミター(自我意識・エゴ)に支配された生き方に他なりません。
人間がエゴの欲望に同一化するとき、自分の中に「ペインボディ(痛みの体)」を形成し、それが周囲からエネルギーを不当に奪い取ろうとする衝動を生み出します。
また、ネドじゅんさんが仰るように、私たちの左脳の自動思考は常に「もっと多く」「私を特別だと思わせて」と暴走しがちです。
このエゴの暴走に乗っかる形で、不誠実な手段や他者の犠牲の上に富や人気、称賛を集めようとすること。
それこそが、エネルギーの不自然な「おかしな集め方」の正体なのです。

 

歪みを正す宇宙の自浄作用:なぜ「然るべきこと」が起こるのか

もし、そのような不自然な方法でエネルギーや富を強引に集めてしまったら、一体何が起こるのでしょう。
結論から言うと、宇宙(全体)の調和システムによって、強烈な歪みの修正――すなわち「然るべきこと」が確実に発生します。
なぜなら、不当に集めたエネルギーは、本人の魂の器や心身の許容量を遥かに超えてしまっているからです。
集合的無意識という視点でみれば、一時的な搾取や不均衡は、必ず全体のバランスシートをゼロに戻そうとする反作用を呼び込みます。
具体的には、不自然な形で成功を収めた途端、突然の健康問題に見舞われたり、最も信頼していた人間関係が破綻したりするケースが挙げられるでしょう。
人によっては、どれだけ物質的に満たされても消えない強烈な精神的虚無感に襲われ、自己崩壊を起こすこともあります。
これは、宇宙や神が人間を罰しているわけではありません。
川の流れを無理やりコンクリートの壁で堰き止めれば、いずれ水圧に耐えかねて決壊し、自然な流れに戻るのと同じ原理なのです。
おかしな集め方をすれば、不自然に溜まったエネルギーが爆発し、元いた静かな状態へと強制的にリセットされるのは、この世界の当たり前の物理法則と言えます。

 

ミニマリズムの思想と「サントーシャ(足るを知る)」

このカルマの罠から抜け出し、本当の豊かさを受け取るには、生き方の根本的な転換が必要です。
その鍵となるのが、不要なものを削ぎ落としていく「ミニマリズム」の思想と、ヨガの「サントーシャ(足るを知る)」の実践でしょう。
サントーシャとは、今ここにあるシンプルな状態で、自分はすでに完全に満たされているという内なる気づきを意味します。
外側から無理やり何かを奪い、集める必要など、最初からどこにも存在しないのです。
あれもこれもと付け足して自分を大きく見せようとするのをやめ、引き算の生き方を選択すること。
これによって私たちは、自らの肥大化したエゴを沈黙させ、周囲との調和を取り戻すことができます。

 

おわりに:集合的無意識の大掃除と、静寂な暮らし

私たちが主宰するEngawaYogaでは、身体をユルユルに解きほぐし、頭の中の不要な雑音(自動思考)を止める瞑想(SIQAN)などを提供しています。
外側の記号を消費するのをやめて思考を静止させると、私たちは「自分」という個体を超えて、全体と一つにつながっている感覚を取り戻すことができるのです。
報酬を自分のためだけに集めようとするのを手放し、全体への貢献(ダルマ)に身を委ねてみてください。
すると、集合的無意識(集団)からは、あなたが今この瞬間を心地よく生きるために必要十分な豊かさが、自然な形で配分されてくるようになります。
無理のない流れに乗っているとき、あなたの心はどこまでも静まり返り、本当の意味での「然るべき幸福」があなたの元へと訪れるはずです。

 



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Kiyoshiクレイジーヨギー
*EngawaYoga主宰* 2012年にヨガに出会い、そしてヨガを教え始める。 瞑想は20歳の頃に波動の法則の影響を受け瞑想を継続している。 東洋思想、瞑想、科学などカオスの種を撒きながらEngawaYogaを運営し、ENQAN(ヨガ)、JIQAN(内観)、瞑想指導にあたっている。SIQANという日本一簡単な緩める瞑想も考案。2020年に雑誌PENに紹介される。 「集合的無意識の大掃除」を主眼に調和した未来へ活動中。