物事の良し悪しなんてないのかもしれない、全ては縁て起こる

古典的哲学

私たちは目の前のことに一喜一憂したり、こっちが良い道だろう、こっちは悪い道だろうと判断しています。

一喜一憂してしまうのは、私がコントロールしているという感覚があるからです。

実際はコントロール自体をそもそもできないのかもしれません。

脳科学でも私という存在がないというような内容もあったりします。

どう感じますでしょうか。

自分がコントロールしていることがないとすると、起こる出来事に対する良し悪しの判断もどうでもよくなっていきそうです。

とはいえ、物事には良し悪しをつけることができます。

 

良し悪しを決めているのは私

物事には良し悪しがあります。

絶対的な良し悪しがあるわけではありません。

自分にとってこれは良い、これは悪いと言っているだけですね。

そうやって自分で勝手に決めています。

どんな物事にも、良い面、悪い面があります。

視点も変われば認識も解釈も変化します。

だから、良し悪しは自分が決めていると思うといいでしょう。

実際問題、勝手に自分で決めています。

社会通念や常識や法律という外部の影響を受けておりますが、最終決定者は自分です。

要するに、単純な話でして「わたしはこれを良いとおもっている」「私はこれを悪いとおもっている」ということです。

”わたし”というのを強調するといいでしょう。

良し悪しは”わたし”にとっての真実だからです。

友人のAさんはそんなことおもっていませんからね。

そんなものです。

 

長期的なスパンではわからない

良し悪しは自分が決めていると書きました。

スパンを長くとってみるとさらに曖昧なものになります。

事故にあって怪我をして入院した人は、自分に起こったその出来事を悪いことだと思うでしょう。

生きているだけ良かったと思えても、基本的には悪いことが起こったと思うはずです。

でも、その入院先で伴侶となるパートナーに出会ったらその事故は悪いことではないかもしれません。

事故がないとパートナーに出会っていないのですから。

例え話なのでずるいかもしれませんが、結局は起こる出来事は全部これです。

短期間では良し悪しを判断できても、長期で見るとわからなくなる。

出来事と出来事がどこでどのように繋がるかはもうわかりません。

 

わからないものはわからない

だから、良し悪しなんてわからないのです。

起こった出来事に対してコロコロとすぐに解釈に変化が起こることもあるでしょう。

良し悪しの判断さえ、すぐにはわからない出来事もあるでしょう。

「弁護士資格試験に落ちて弁護士を諦める」という行為がどこで良し悪しのどっちに変化していくかはわかりません。

時には良いと感じ、時には悪いと感じ、時にはニュートラルにただ捉えることができる。

そして、また良いと感じ、やっぱり悪いと感じ、と永遠に繰り返します。

良し悪しの判断は運の良い悪いとも一緒です。

スパンを長くとらないとそれが本当に運の良いことなのかわからないからです。

死ぬ直前に不幸なことがあると、人生全体が不幸なものに感じてしまうという非合理なことをしてしまうのが人間なのです。

最高に運が良かったことも、スパンを長くとると運が良かったのかどうかわからなくなります。

面白いですね。

 

そもそも、何か起こることをコントロールできるのだろうか

良し悪しというのは、一つの見方です。

短いスパンにおける短絡的な判断ということがわかりました。

では、良いことを起こそう、悪いことを減らそうということはできるのでしょうか。

私が人生をコントロールすることはできるのでしょうか。

これは難しい問題ですが、コントロールしていると感じることはできると思います。

ですが、実際にはコントロールできません。

何が原因で何が結果かわからないからです。

それが縁というものなのだと思います。

 

終わりに:縁て起こる

何のおかげでこのEngawaYogaのwebサイトを見れているでしょうか。

私が書いたからというのはあると思います。

「サーバーがあるから」「インターネット回線がつながっているから」「日本語が読めるから」「今日体調がいいから」「時間があるから」これら全てが原因です。

原因と結果はわからないものです。

すべてご縁で出来ています。

まったく理解できないほどに、想像を絶するほどに、様々な縁が縦横無尽に張り巡らされることによって起こっています。

だから、1秒先に何が起こるからも予測することは本来はできないのです。

だからご縁って大事なのですね。

今この瞬間というのは本当に奇跡で起こっているということです。

全部がたまたまたこの今目の前に起こる現象のためのご縁だったのです。

すごい。

 

おまけ:良し悪しを体感するには

良し悪しを体感するにはインサイトマップが簡単です。

「なんでも陰陽あるよね」というのをマップを埋めていくだけでわかってきます。

ただ埋めていくぐらいなら簡単なので、一度体験されてみてください。

楽しいマップですよ。

 

 

 



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Kiyoshiクレイジーヨギー
*EngawaYoga主宰* 2012年にヨガに出会い、そしてヨガを教え始める。 瞑想は20歳の頃に波動の法則の影響を受け瞑想を継続している。 東洋思想、瞑想、科学などカオスの種を撒きながらEngawaYogaを運営し、ENQAN(ヨガ)、JIQAN(内観)、瞑想指導にあたっている。SIQANという日本一簡単な緩める瞑想も考案。2020年に雑誌PENに紹介される。 「集合的無意識の大掃除」を主眼に調和した未来へ活動中。