損すると思っていることの方が得なのかもしれないという現象

JIQAN

人というのは損得を考えてしまいます。

当然ですが、得になりそうな方を選びます。

損しそうなものは選びません。

では、みなさん、いつも得していますか。

案外そうでもないと思うのです。

これをすれば得しそうだなと思っても、損することがある。

損しそうだなと思っても、結構得しているようなことになる。

そんなものみたいです。

損してもいいと思うと開けるように思います。

損してもいいから好きにやってみると面白いですよ。

 

損してもいいと開き直ると

損しないようになんとかしようとしていると、変なオーラが漂います。

その人には誰も近づこうとしません。

変なオーラというのは、何か。

それは保身のオーラです。

保身が中心の人。

そんな人には人は近づきにくいです。

お節介をしてくれる人ぐらいしかやってきません。

損しないようにしていると緊張しているとも思います。

失敗が怖いのですからね、いつでも失敗しないようにしているということ。

「失敗してもしょうがない。でもこれが好きだから、一生懸命にやろう」というエネルギー感とは別になってしまっていますね。

損しても大丈夫ですからね。

損してでもやりたいことに何か使命のようなものも隠されているように感じます。

 

頭はバグっているのかもしれない

損してもいいからやってみよう、という方が健全といえば健全です。

本当に損して、死んでしまうことを人はしません。

さすがにできませんよ。

100万人に1人くらいはいるのかもしれませんが、私たちは絶対にそうではありません。

死んでもいいからやってしまう人は、ブログなんて読んでいないと思います。

なので、大丈夫。

損してもいいから思いきってやってみる。

損してもいいから好きなことをやってみる。

損してもいいから言いたいことを人に伝えてみる。

これを繰り返していく。

するとパッカーンがやってくる。

「なんだよ、こんな簡単なことだったのか」と思うことでしょう。

そんなもんです。

そして、損するような失敗をしたと自分で思っても、ラッキーなのか寂しいのかわかりませんが周りは何も言ってきません。

言ってきても、ほんのひとときだけです。

人も何も言ってこない、損しても損していない、そうなると損すると思っている思考って何なんでしょうかね。

バグですよね。

 

人に喜ばれることが結局は得すること

損してもいいと思って、変なことをする人はいないと思います。

損しても、失敗しても、何が起こってもいいから好きなことをやろう、そういうことです。

では、逆に得するということはなんでしょうか。

人に喜ばれることをすると結局は自分が得します。

そのように世間はできているようです。

損が怖い人は、人の喜ばれることをやればいいと思います。

自分がやりたいけどやれる勇気のないことで、人に喜ばれることは何だろうかと考えてみる。

それがあったら、やってみる。

人に喜ばれるのなら得しかありません。

しかも、自分でやってみたいことであると。

やらない理由が見つからない。

しかも、損してもいいからやってみると案外得するということも書きました。

ここまできたらやらない理由を見つける方が大変です。

「いやいや、いくらでもやらない理由はあるよ」という人もいるでしょう。

そういう人はやらなきゃいいでしょう。

何も悩むことなく、やらないということで終わりです。

なのに、なんだかんだと悩んでいるのではないでしょうか。

そろそろ、好きなこと、やろうと思っていたことをやってみてはどうでしょうか。

楽しいですよ。

好きなことをしましょう。

楽しいことをしましょう。

やりたいことをやりましょう。

それでいいんじゃないですかね。

 

損得を超えて淡々と

好きなことが、たとえ非常識でもいいと思います。

結果として迷惑をかけてしまってもいいと思います。

そもそも、迷惑をかけあってますからね、人々は。

嫌われてもいいじゃないですか。

嫌われるということは、好いてくれる人もいるということですからね。

誰かが喜びそうなことは得ですが、前提としてはまずは自分が好きなことをすることです。

優先順位は自分。

いつも他人を優先するのもやめましょう。

結局、何を考えても淡々とやっていくだけなんですね。

それが生きるということに思います。

損得を考えている時点でずれているのかもしれません。

損得なんて自分の小さな思考で考えた幻想にすぎませんからね。

実際にあるものではない。

実際にそうなるとも決まっていない。

幻想にばかり囚われていると人生も難しいものになります。

思いを断ち切り、行動ですね。

好きなこと、やりたいこと、楽しいことを淡々とやっていきましょう。

 

終わりに:三方良し

三方良しという考え方がありますね。

近江商人の商売の鉄則です。

書いて良し、売り手良し、世間良し、の三つを満たしていること。

どうでしょうか。

自分のやりたいことはこの三つを満たしているでしょうか。

満たしているとうまく可能性が高いです。

そのように自分のやりたいことを工夫していくといいなと思っています。

どうせ思い切ってやるなら、三方良しの方が楽しいですからね。

人からも応援されることも増えることでしょう。

先ほども書きましたが、優先順位は自分の好きです。

好きなことの方が成功確率は上がりますしね。

好きなこと、やりたいこと、楽しいことを淡々とやっていきましょう。

行動すると新しい現実が現れます。

 

 



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Kiyoshiクレイジーヨギー
*EngawaYoga主宰* 2012年にヨガに出会い、そしてヨガを教え始める。 瞑想は20歳の頃に波動の法則の影響を受け瞑想を継続している。 東洋思想、瞑想、科学などカオスの種を撒きながらEngawaYogaを運営し、ENQAN(ヨガ)、JIQAN(内観)、瞑想指導にあたっている。SIQANという日本一簡単な緩める瞑想も考案。2020年に雑誌PENに紹介される。 「集合的無意識の大掃除」を主眼に調和した未来へ活動中。