ヨガを推奨しております。
それはヨガが、現代社会が追い求める「即効性」とは真逆のベクトル、すなわち「遅効性」の中にこそ、真の変容の鍵を隠し持っているからです。
私たちは今、あまりにも速い世界に生きています。
クリック一つで翌日に荷物が届き、検索すれば0.1秒で答えが見つかり、薬を飲めば瞬時に痛みが引く。
そんなスピード感が当たり前になった社会において、私たちは自分の身体や心に対しても、同じような「速さ」を求めてしまいがちです。
「1週間で劇的に痩せる」「3分で人生が変わる」「一瞬で悟りを開く」
書店やネットには、そんな甘い言葉が溢れかえっています。
しかし、ヨガのマットの上で起きることは、それとは全く異なります。
今日は、あえて言わせていただきます。
ヨガは「外科手術」や「特効薬」ではありません。
ヨガは「漢方」です。
じっくりと時間をかけて煎じ、身体の深層に染み渡らせ、体質(土壌)そのものを変えていく営みなのです。
時間をかけて身につけるからこそ、決して折れない「軸」が出来上がる。
今日はその本質について、少し深く、静かにお話ししていきましょう。
もくじ.
現代社会の病:「タイパ」至上主義の脆さ
現代を象徴する言葉に「タイパ(タイムパフォーマンス)」があります。
かけた時間に対して、どれだけの効果が得られるか。
効率を追い求めること自体は悪ではありませんが、こと「心身の育成」において、この思考は危険です。
なぜなら、生命の営みは本来、非効率なものだからです。
種を蒔いてから花が咲くまでには、必ず一定の時間が必要です。
どんなに肥料を与えても、明日すぐに大木になることはありません。
それなのに私たちは、自分の心身に対してだけは「ショートカット」を探そうとします。
外科手術のように、悪い部分を切り取って終わり、あるいは強力な抗生剤で菌を殺して終わり。
これは「対症療法」です。
一時的に症状は消えるかもしれませんが、根本的な原因である「生活習慣」や「思考の癖」が変わっていなければ、また別の形で不調は現れます。
インスタントに手に入れた筋肉は、トレーニングをやめればすぐに落ちます。
テクニックだけで覚えた知識は、時代が変われば役に立たなくなります。
時間をかけずに積み上げたものは、崩れるのもまた一瞬なのです。
現代人が抱える「なんとなくの不安」や「脆さ」の正体は、この「土台のなさ」にあるのではないでしょうか。
ヨガは「体質」という土壌を変える漢方薬
対して、ヨガのアプローチは「漢方」に似ています。
漢方は、頭痛があれば頭痛薬を出すのではなく、なぜ頭痛が起きるのか、その人の「証(体質)」全体を見つめます。
そして、気・血・水のバランスを整え、人間が本来持っている自然治癒力を高めることで、結果として症状が出ない身体を作っていきます。
ヨガも同じです。
肩こりがあるから肩を揉む、という局所的なものではありません。
呼吸を通し、骨格を整え、ナーディ(エネルギーの管)を浄化し、心の澱(おり)を取り除く。
そうやって、あなたという存在の「体質」そのものを、時間をかけて書き換えていくのです。
ヨガの経典『ヨガ・スートラ』には、「修習(アビヤーサ)」という言葉が出てきます。
それは「長い間、休みなく、大いなる真剣さをもって取り組むこと」と定義されています。
昨日やって今日変わるものではないのです。
薄い和紙を一枚一枚重ねていくように、地味な実践を積み重ねていく。
その積み重ねが、ある日ふと気づくと、分厚く強靭な「軸」となっていることに気づくのです。
「軸」とは、積み重ねた時間の年輪
「自分軸を持ちたい」と願う人は多いでしょう。
しかし、軸とはどこか外から持ってくる棒のようなものではありません。
ましてや、ハウツー本を読んで手に入る概念でもありません。
軸とは、「年輪」のようなものです。
雨の日も風の日も、その場所に立ち続け、時間をかけて成長した木だけが持つ、内側の強さです。
ヨガのポーズ(アーサナ)を練習していると、最初はグラグラと揺れます。
筋力がないから揺れるのではありません。
「迷い」があるから揺れるのです。
しかし、来る日も来る日もマットの上に立ち、自分の呼吸と向き合い続けると、不思議な静寂が訪れます。
それは、筋肉で身体を固めた強さではなく、骨の位置がストンと定まり、大地に根が張ったような感覚です。
この身体的な安定感(スティラ)は、やがて精神的な安定感へとリンクします。
時間をかけて培った感覚は、脳の深層に刻まれます。
「私は何があっても、呼吸に戻れば大丈夫だ」
この確信こそが、人生という荒波を渡るための最強の「軸」となるのです。
即席で作った軸はすぐに折れますが、時間をかけて育てた軸は、柳のようにしなやかで、決して折れることがありません。
スピリチュアルな視点:サンスカーラ(潜在印象)の浄化
少しスピリチュアルな領域にも踏み込んでみましょう。
なぜ、ヨガには時間がかかるのでしょうか。
それは、私たちが過去生や、これまでの人生で積み重ねてきた膨大な「サンスカーラ(潜在印象)」を浄化する必要があるからです。
私たちの無意識の領域には、過去の経験、トラウマ、思考の癖、カルマといった情報の種がびっしりと詰まっています。
これが、私たちの行動や判断を無自覚にコントロールしています。
「すぐイライラしてしまう」「どうしてもネガティブに考えてしまう」
これらは、あなたの性格のせいではなく、蓄積されたサンスカーラの仕業です。
この根深い汚れを落とすには、強力な洗剤で一気に洗うわけにはいきません。そんなことをすれば、心という布地が破れてしまいます。
だから、ヨガという清らかな水を、毎日少しずつ流し続けるのです。
呼吸という風を送り続けるのです。
漢方を煎じて飲むように、ヨガのエネルギーを体内に循環させ、古い角質を一枚ずつ剥がしていく。
そうして初めて、本来の輝きである「アートマン(真我)」が顔を出します。
この浄化のプロセスには、どうしても物理的な「時間」が必要なのです。
「何もしない」ができない現代人へ
漢方の効果が出るまでには、タイムラグがあります。
ヨガの効果を感じるまでも、「停滞期(プラトー)」と呼ばれる、何も変化を感じられない時期が必ずあります。
現代人は、この「待ち時間」に耐えられません。
「効果がないならやめよう」「もっと効率的な方法があるはずだ」と、すぐに別のメソッドに飛びついてしまいます。
しかし、この「何も起きていないように見える時間」こそが、実は最も重要な熟成期間なのです。
土の中で種が根を伸ばしている時間です。
漢方の成分が、身体の隅々まで浸透している時間です。
焦らないでください。
結果を急がないでください。
「早く良くなりたい」という気持ち自体が、新たな執着(エゴ)となり、身体を緊張させています。
ただ、淡々と、今日やるべきことをやる。
結果を手放して、行為そのものに没頭する(カルマ・ヨガ)。
「今日もマットに乗った。呼吸をした。それで十分」
そうやって自分を許し、時間を味方につけたとき、ヨガはあなたの人生を根底から支える、一生モノの処方箋となります。
終わりに:縁側で茶を飲むような、長い目で見るヨガ
じっくりと煮出した漢方薬のように、温かく、苦くとも味わい深く、身体の芯から温まるような実践。
半年後、一年後、あるいは十年後に、「そういえば、昔より生きるのが楽になったな」と笑える日が来れば、それで大成功なのです。
時間をかけて身につけたものは、誰にも奪うことができません。
それはあなたの血肉となり、骨となり、揺るがない軸となります。
どうぞ、焦らず、ゆっくりと。
長い旅路をご一緒しましょう。
ではまた。


