好きなことをやる時間を増やしたい。
そう願っている人は多いはずです。
しかし、現実はどうでしょうか。
「仕事が忙しいから」「お金がないから」「家族がいるから」「まだ準備ができていないから」
そんなもっともらしい理由を並べて、本当にやりたいことを後回しにしていないでしょうか。
かつての私もそうでした。
いつか時間ができたら。いつか余裕ができたら。
そうやって「いつか」という幻を追いかけているうちに、人生という時間は音もなく過ぎ去っていきます。
今日は、小手先のタイムマネジメントの話ではありません。
あなたの人生の時間の使い方を根本から見直し、魂が喜ぶ時間を圧倒的に増やすための、少し本質的なお話をしたいと思います。
もくじ.
時間は「作る」ものではなく「選ぶ」もの
まず、大前提を変えましょう。
「時間がない」のではありません。
あなたは、今の時間の使い方を「選んでいる」のです。
私たちは、1日24時間という平等な器を持っています。
その器に何を注ぐか。それはすべて、あなたの選択の結果です。
残業することを選び、付き合いの飲み会に行くことを選び、なんとなくスマホを見ることを選んでいる。
「やらされている」と感じることでさえ、厳しい言い方をすれば、それを断らないという選択をあなたがしているのです。
好きなことをやる時間を増やすための第一歩は、この「自分が選んでいる」という主権を取り戻すことです。
被害者のポジションから降りることです。
「時間がない」という言い訳は、自分の人生の操縦桿を他人に明け渡していることと同じです。
操縦席に座り直しましょう。
そして、何をして、何をしないかを、自分の意志で決め直すのです。
「やめること」から始める
好きなことをやる時間を増やすために、多くの人は「隙間時間」を見つけようとします。
しかし、パンパンに詰まったコップに、新しい水を注ぐことはできません。
まずは、コップの中の濁った水を捨てることが先決です。
あなたの日常を見渡してみてください。
「なんとなく」やっていること。「嫌われないために」やっていること。「常識だから」やっていること。
それらは本当に、あなたの生命を使うに値することでしょうか?
- 行きたくもない飲み会
- 目的のないSNSの巡回
- 義理で続けている習い事
- 気乗らない仕事
- 相手に合わせるだけの人間関係
- これらを「やめる」ことには勇気が要ります。
「付き合いが悪いやつだ」と思われるかもしれない。「常識がない」と言われるかもしれない。
しかし、他人の評価のために自分の時間を生贄(いけにえ)にしてはいけません。
嫌なことをやめることで生まれた空白(スペース)にしか、好きなことは入ってこないのです。
これは断捨離と同じです。
不要なものを手放すと、本当に大切なものが際立ってきます。
人生の純度を高める作業です。
「好き」の感度を取り戻す
そもそも、「自分の好きなことがわからない」という人もいます。
長年、他人の期待に応え、社会のレールを走ることにエネルギーを使いすぎて、自分の「快・不快」のセンサーが麻痺してしまっているのです。
好きなことを見つけるのに、大それた目的や、社会的な意義なんて必要ありません。
「なんとなく気になる」「やっていて心地よい」「時間が経つのを忘れる」
そんな微細な感覚で十分です。
- コーヒーの香りを嗅ぐこと
- 猫のお腹に顔をうずめること
- 古い本屋の匂い
- 早朝の冷たい空気
そんな小さな「好き」を一つひとつ丁寧に拾い集めていくこと。
それを自分に許可してあげること。
「こんなことをして何になるんだ?」という思考(エゴ)の声を黙らせて、魂が震える感覚に従うのです。
その小さな喜びの積み重ねが、やがて大きな「人生の目的(ダルマ)」へと繋がっていきます。
スピリチュアルな視点:時間は未来から流れてくる
少し不思議な話をしましょう。
私たちは通常、時間は過去から未来へと流れていると考えています。
原因があって結果がある、という因果律の世界です。
しかし、東洋の一部の思想や、現代の量子力学的な解釈では、「時間は未来から過去へと流れている」という捉え方をすることがあります。
川の上流(未来)から、出来事が流れてくるイメージです。
もしあなたが、未来において「好きなことを思い切りやっている自分」を強烈にイメージし、その周波数(波動)に同調したなら、流れてくる現実は変わります。
「今が辛いから、未来で楽になりたい」という不足感からの行動ではなく、「未来の私はすでに満たされている」という前提で、今この瞬間を選択するのです。
好きなことをしている時のあなたは、波動が高い状態にあります。
その高い波動は、さらなる「好きなこと」や「幸運な出来事」を磁石のように引き寄せます。
だから、好きなことをやるのに理由はいりません。
あなたが機嫌よく、高いエネルギー状態でいること自体が、世界への最大の貢献なのです。
我慢して苦虫を噛み潰したような顔で生きるよりも、笑顔で好きなことに没頭している人の方が、周りを幸せにするのは明白ですよね。
労働と遊びの境界線を溶かす
究極的には、「好きなことをやる時間」と「それ以外の時間」という境界線すらなくなっていくのが理想です。
仕事も、家事も、遊びも、休息も。
すべてが「私の表現」であり、すべてが「遊び(リーラ)」であるという境地。
これは、嫌な仕事を無理やり好きになれということではありません。
「やらされている仕事」を、「自分の才能を試すゲーム」や「誰かを喜ばせる実験」に変えてしまうような、視点の転換です。
どんな単純作業の中にも、工夫の余地や、美しさを見出すことはできます。
そしてもちろん、どうしても魂が拒絶するような環境からは、逃げることも立派な戦略です。
環境を変え、付き合う人を変え、自分の魂が呼吸しやすい場所へ移動すること。
環境の力を借りて、自分をチューニングするのです。
今日からできる「5分の革命」
いきなり仕事を辞めて、世界一周の旅に出る必要はありません。
まずは今日、5分だけでいいのです。
本当にやりたかったことに手をつけてみてください。
読みたかった小説を開く。
絵を描いてみる。
瞑想をする。
ただ空を見上げる。
その5分間は、誰のためでもない、あなた自身のための聖なる時間です。
その時間を守り抜くこと。
「私は自分の時間を大切にする人間だ」という自己信頼(自信)を積み重ねていくこと。
その小さな5分が、やがて1時間になり、半日になり、人生そのものを塗り替えていく起点となります。
好きなことをやる時間を増やすこと。
それは単なる快楽の追求ではなく、あなたがあなたとして生まれてきた意味を全うするための、最も神聖な義務なのかもしれません。
さあ、今日は何をして遊びましょうか。
人生は、思ったよりも短いですよ。
ではまた。


