恒例になりました。心屋さんの書籍からの気づきシェアです。
心屋仁之助さんのこちらの本「好きなことだけして生きていく」と「一生お金に困らない生き方」を読んでみました。
なかなか面白い本だったので、たくさんシェアしております。
気になった方は一度読むと面白いですよ。
今回も、存在給の話をもう少し書いてみます。
存在給というのは「何もしなくてももらっていい、お金や豊かさ」のことです。
何もしなくても「人が存在しているだけで貰っていい豊かさ」ということです。
ポイントは何もしなくてもです。存在そのものの価値としてもらえる豊かさです。
存在給が高い人は、ただいるだけでお金や豊かさの循環がいいです。
何もしていないのに臨時収入やどこからともなく豊かさがやってくる人ですね。
低い人は頑張っても頑張っても報われない人です。
それは、実は頑張るのは存在給が低いからではなく、頑張ることで低くしているということです。
このあたりも書いてみたいと思います。
存在給が高い人しかいない
まず前提として、存在給はみんな高いです。
そもそも、価値のない人は存在しませんし、絶対的にみなさん価値のある存在です。
ですが、存在給が低い人がいるのは、高いものを低くしているからです。
低くする努力をしているということです。
「一生懸命に頑張りすぎること」「着飾ること」「おまけをつけること」「安売りすること」このようなことをすることで存在給が下がっていきます。
この逆をすれば存在給が上がっていきます。
とはいえ、簡単にできないと感じる人がいるかもしれません。
そこは力技になりますが、そのまま「頑張ること」をやめることです。
そのままです。頑張りすぎることをやめる。
着飾ることをやめる。
おまけをつけることをやめる。
安売りするのをやめる。
それだけです。
これは、ビジネスだけの話ではありません。
好きなことをしていくことも大事
ビジネスだけでなく、日常生活全般に言えることです。
頑張ることをやめることです。怖いですかね。
あなたの存在価値はいつでも高いのですが、それを下げることをしてしまっているのです。
「これをやらないと嫌われる、変な目で見られる、どうしようもない人と思われる」などのことで、好きなことをやっていないことがあると思います。
好きなことをしないというのは、存在給を下げますので日々下げるほうに努力していることになります。
下がることを望んではいないはずが、気づくと下げることをやってしまっているのです。
本心では存在給を下げることを望んでいるのかもしれませんね。
頑張ったりも価値を上げるためだったりしますよね。
ですが、実際は逆で「頑張らないと価値がない私である」ということを強化してしまっています。
好きなことをとことんやったり、好きなことをするためにやりたくないことが降ってきてそれをやる、というのは別です。
好きなことに向けて楽しんでいるんですから、努力とはいいません。
好きで楽しいことを努力とは呼ばないのです。
適当にやるのでもいい
仕事でも家事でも適当にやることはできますか。
ちゃんとやらないと気がすみませんか。
適当にやるのが目的ではなく、適当にやっても「私は私として価値がある」と思えるかです。
好きなことは一生懸命にやればいいと思います。
適当にやるというのは、嫌いなことをやめるということでもあります。
適当にやってみましょう。
好きなことは勝手に一生懸命にやるものです。
遊びのように楽しくやってしまうものです。
楽しければ長時間、そのことを集中するわけで上達しないわけがありません。
結果として能力も向上してスキルもテクニックも知識も増えていきます。
好きなことをしている限り、幸せな人生は続くのです。
やっぱり頑張るのをやめるのがいいと思う
存在給を下げる話として「頑張ること」というのが必ず出てきます。
「頑張ること」は自分の価値を下げて、しっかりと存在給を下げることができるのです。
存在しているだけでは価値がないから「頑張る」という図式だからです。
「なんとかしようと頑張る」ことをやめていくことです。
なんとかしようと思う必要もないことが多いです。
ほおっておけばいいのです。
本当になんとかしたいことは、なんとかしています。
トイレ行きたいのを我慢していても、なんとかしますよね。
仕事でも家事でも人間関係でも、自分がダメだというように責める必要もないのです。
自分は愛される人間である、と決めてしまえばいいのです。
前提を変えるのです。
どうせ愛される、どうせうまくいく、どうせ幸せになる、これでいいのです。
この前提から生まれてくる行動は、すべて愛されてうまくいって幸せな結果を呼ぶ行動になります。
先に設定です。
自分をどのように設定しているかです。
そこから見直されてみるといいと思います。
私も何かあれば、直接に問題を解決するのではなく、そもそもの設定や前提がどのようになっているかを探ります。
どんな自分でありたいかも内観したりします。
私は価値ある存在であるという前提から行動をしているだろうかと。
終わりに:ありえないことをやっていけばいい
今の自分が存在給が低ければ、ありえないことをやっていけばいいです。
今までのやり方や価値観ではダメだったのですよね。
だから逆をやるということです。
一番いいのが気になっていることで、「それやっていいの、ありえない」というありえないことをやることです。
自分が好きで気になっているなかでのありえないことなら、まずは出来るでしょう。
どうせうまくいくのですから、ありえないことをやってみることをオススメします。
私もありえないことをやっています。
そして手痛いこともありましたが、面白いことも山ほどありました。
案外、やってもうまくいってしまうことの方が多いですよ。
自分でありえないと思っていても、他人には普通でみんなやってたりしますしね。
ということで、誰かに好かれようとすることや他者からの容認を求めるのではなく、自分軸で好きなことをして、嫌いなことをやめて、ぜひありえないことに挑戦してみてください。
タブーをおかしてみてください。
ご報告をお待ちしております。
心屋仁之助さんの名言を載せておきます。
自分が働かなくても、価値を提供しなくても、いっぱいもらっていいんだ、という考え方に変えてほしいんです。
一生お金に困らない生き方 心屋仁之助お金を使うときには、「使ったら、入ってくる」と信じることが大切です。
一生お金に困らない生き方 心屋仁之助好きなことをしていると、なぜかお金が入ってくる。
好きなことだけして生きていく 心屋仁之助未来のために好きなことを我慢しても、未来にそれが手に入るとは限りません。でも今好きなことをすれば、未来も好きなことが手に入る可能性があります。その可能性を信じられるかどうかです。
好きなことだけして生きていく 心屋仁之助「人生がときめく片付けの魔法」っていう本を読みました。ベストセラーになった本なので、知っている人も多いでしょう。著者の近藤麻理恵さんは、「こんまりさん」と呼ばれています。で、こんまりさんの片づけの本というのは、本当にシンプルなんです。だって、「ときめくものだけ残しましょう」が基本ルールなんですから。もう「ときめくものだけ残す」ということは、「ときめかないものは捨てる」なわけです。で、僕は思ったわけです。これは片づけだけでなく、自分の人生にもあてはまるぞ、と。つまり自分の人生で、ときめかない人とは会わないほうがいいし、ときめかない集まりには行かないほうがいいし、ときめかない仕事はしないほうがいい。
いいかげんに、生きる 心屋仁之助