179.感情の成熟 – 反応から応答へ

自己啓発

ある禅の物語に、こんな話があります。一人の侍が、高名な白隠禅師を訪ね、「地獄と極楽とは、本当にあるのか」と問いました。白隠は侍をじろりと見ると、「お前のような無骨な侍に、そんな高尚なことがわかってたまるか」と罵りました。カッとなった侍は、怒りに震えながら刀に手をかけます。その瞬間、白隠は静かに言いました。「地獄の門は、今開かれた」。ハッと我に返った侍は、慌てて刀を収め、深々と頭を下げました。すると白隠は、にっこりと微笑んで言いました。「極楽の門も、また今開かれた」。

この物語は、「感情の成熟」とは何かを、実に鮮やかに描き出しています。それは、刺激に対して、まるで条件反射のように自動的に「反応(React)」する生き方から、一呼吸の「間(ま)」を置き、その状況に最もふさわしいあり方を意識的に「応答(Respond)」する生き方へと、自らをシフトさせていくプロセスです。

侍の最初の行動、つまり、罵倒されて即座に刀に手をかけたのは、「反応」です。そこには、過去の経験やプライドによってプログラムされた、自動的なパターンしかありません。しかし、白隠の言葉によって我に返り、刀を収めて頭を下げたのは、「応答」です。そこには、状況を客観的に捉え直し、自分の行動を意識的に選択するという、人間だけが持つ高度な能力、すなわち「自由意志」が介在しています。

この「刺激」と「反応」の間に存在する、ごくわずかな、しかし無限の可能性を秘めた「空間」。心理学者のヴィクトール・フランクルが「人間の最後の自由」と呼んだこのスペースこそ、私たちが感情の主人となるための、主戦場であり、稽古場なのです。この空間が狭ければ狭いほど、私たちは外部の出来事や他人の言動に振り回される、感情の奴隷となります。人生の操縦桿を、完全に他人に明け渡してしまっている状態です。逆に、この空間を意識的に広げることができればできるほど、私たちはどんな嵐の中でも、自らの意志で舵を取り、望む方向へと人生の船を進めることができる、賢明な船長となるのです。

ヨガや瞑想の修行は、突き詰めれば、この「空間」を広げるための、地道で継続的な訓練であると言えるでしょう。呼吸に意識を向けるとき、私たちは思考や感情の流れから一歩距離を取ります。アーサナで身体の限界に挑戦するとき、私たちは不快感という刺激に対して、パニックに陥るのではなく、呼吸を送り込み、留まることを学びます。これらすべての実践が、刺激と反応の間に、穏やかでクリアな意識のスペースを育んでいくのです。これが、ヨガ哲学で言うところの「ヴィヴェーカ(識別知)」、すなわち、何が一時的な感情の波で、何が本当に大切なことかを見極める智慧の働きです。

引き寄せの法則の観点から見ると、この「反応から応答へ」のシフトは、人生の創造者としての立場を取り戻すための、決定的なステップです。あなたが「反応」しているとき、あなたは過去のパターンや外部の刺激によって、自分の感情(波動)を決定されています。つまり、過去や他人が、あなたの未来を創っているのです。これでは、望む現実を引き寄せることは困難でしょう。

しかし、あなたが「応答」を選択するとき、あなたは創造の主導権を自分自身の手に取り戻します。たとえネガティブな刺激(批判、失敗、裏切りなど)が来たとしても、あなたはそれに「反応」して自分の波動を下げるのではなく、「応答」として、愛や許し、学びといった、より高い波動を選択することができる。この意識的な選択こそが、あなたの未来を、あなたの望む通りに形作っていく、創造の力なのです。

感情の成熟とは、感情を感じなくなることではありません。むしろ、より豊かに、より深く、あらゆる感情を感じられるようになることです。しかし、その感情の波に、もはやあなたは飲み込まれない。あなたは、波を乗りこなす熟練のサーファーのように、そのエネルギーを利用して、行きたい方向へと進んでいくのです。

日々の生活の中で、この稽古を実践してみましょう。誰かの言葉にカチンときたら、すぐに言い返す代わりに、まず三つ、深く呼吸をする。その3秒の「空間」の中で、「私は今、どう応答したいだろうか? 怒りをぶつけることが、本当に私の望む結果に繋がるだろうか?」と自問する。この小さな習慣の積み重ねが、あなたの人生に、革命的な変化をもたらすでしょう。あなたはもはや、状況に反応する操り人形ではなく、自らの人生を創造する、威厳あるアーティストなのです。


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Kiyoshiクレイジーヨギー
*EngawaYoga主宰* 2012年にヨガに出会い、そしてヨガを教え始める。 瞑想は20歳の頃に波動の法則の影響を受け瞑想を継続している。 東洋思想、瞑想、科学などカオスの種を撒きながらEngawaYogaを運営し、BTY、瞑想指導にあたっている。SIQANという日本一簡単な緩める瞑想も考案。2020年に雑誌PENに紹介される。 「集合的無意識の大掃除」を主眼に調和した未来へ活動中。