第17講:「差異」から「共感」へ – 他者と世界とつながり直す

ヨガ外論・歴史

私たちはこれまで、消費社会が「差異化のゲーム」によって、いかに私たちを分離させ、競争へと駆り立てるかを見てきました。あの人より良い服を、あの人より素敵な暮らしを、あの人より多くの「いいね!」を。このゲームの論理は、私たちの意識を「私」と「あなた」という、隔てられた個人という単位に固着させ、他者を自己の価値を測るための「比較対象」として見るように仕向けます。この分離の感覚は、孤独感や嫉妬、そして尽きることのない競争の疲れを生み出す、現代社会の根深い病理の一つです。

しかし、もし私たちが普段「自分」だと思っているものの境界線が、実は私たちが考えているほど、堅固で明確なものではないとしたら、どうでしょう。もし、「私」と「あなた」、そして「私」と「世界」との間に、目には見えない、しかし確かな「つながり」が存在するとしたら。

この視点の転換こそが、ヨガ哲学が私たちに提示する、最も革命的で、そして癒しに満ちたヴィジョンです。それは、「差異」を乗り越え、「共感」によって他者と、そして世界とつながり直すための、壮大な道筋に他なりません。

この思想の根源は、私たちが第4講でも触れた、古代インドのウパニシャッド哲学にまで遡ります。その核心にある「梵我一如」の思想は、個人の本質である「アートマン(我)」が、宇宙の根源的な実在である「ブラフマン(梵)」と究極的には一つである、と説きます。これは、哲学的な思弁であるだけでなく、深い瞑想状態において体感されるべき、直観的な真理だとされました。この視点に立てば、私たちが認識している個々の「私」という存在は、大海に浮かぶ無数の波のようなものです。波は、一つひとつ異なる形を持ち、異なる動きをしていますが、その本質はすべて、同じ一つの「海」という水から成り立っています。表面的な「差異」の下には、根源的な「同一性」が横たわっているのです。

この壮大な宇宙観は、私たちの日常的な他者との関わりに、どのような変化をもたらすのでしょうか。

もし、あなたと、あなたの目の前にいる人(たとえそれが、意見の合わない上司や、苦手な隣人であったとしても)の最も深い本質が、同じ一つの生命の現れであるとしたら。その人を、もはや自分とは完全に切り離された「他者」として見ることができるでしょうか。おそらく、これまで感じていた敵意や軽蔑の壁が、少しだけ薄くなるのを感じるはずです。その人の言動の奥にある、恐れや、悲しみや、認められたいという願いといった、自分の中にも存在する普遍的な人間の感情に、思いを馳せることができるようになるかもしれません。これが、「共感(Empathy)」の始まりです。

共感とは、単に他人に同情したり、可哀想に思ったりすることではありません。それは、他者の靴を履いて歩いてみる、という想像力であり、相手の感情を、自分自身の内側で感じてみようとする、能動的な心の働きです。この共感の能力は、私たちが「私」という小さな殻に閉じこもっている限り、十分に発達することはありません。しかし、ヨガや瞑想の実践を通して、自分自身の心の動き、つまり怒りや悲しみ、喜びといった感情を、客観的に観察する訓練を積むことで、私たちは他者の内面で起きていることにも、より敏感になることができるのです。

アーサナの実践は、この「つながり」の感覚を、身体レベルで育むための素晴らしい機会を提供してくれます。

ヨガクラスで、周りの人たちと呼吸を合わせて動く「ヴィンヤサ」の流れを体験したことがあるでしょうか。個々の動きはバラバラでも、吸う息、吐く息という共通のリズムに導かれるとき、部屋全体に不思議な一体感が生まれます。それは、まるで個々の楽器が、一つのオーケストラとして、調和のとれた音楽を奏でているかのようです。このとき、私たちは「私」という孤立した存在から、呼吸によってつながれた「私たち」という、より大きな生命体の一部であるという感覚を、垣間見ることができるのです。

また、パートナーヨガやアクロヨガのように、他者の身体と物理的に触れ合い、支え合いながらポーズをとる実践は、この「つながり」の感覚をさらに強固なものにしてくれます。相手の体重を預かり、自分の体重を委ねる。相手の呼吸を感じ、自分の呼吸を合わせる。そこでは、言葉を介さなくても、信頼と、協力と、そして深いレベルでのコミュニケーションが生まれます。消費社会が「差異」を強調し、私たちを互いに競争させるのに対し、ヨガの実践は「協力」と「調和」の価値を、身体を通して教えてくれるのです。

この「つながり」の感覚は、人間関係だけに留まりません。それは、自然界、そして地球という、より大きな生命のネットワークへと広がっていきます。

第14講で探求した「アヒンサー(非暴力)」の精神は、この「つながり」の感覚から自然に生まれてくる倫理です。もし、自分と、木々や、川や、動物たちが、同じ一つの生命の網の目の中で相互に依存し合っている、ということが深く理解できたなら、私たちはもはや、自然を単なる資源として搾取したり、環境を破壊したりすることに、無関心ではいられなくなるでしょう。プラスチックごみを減らすという小さな選択も、工場排水の問題に関心を持つことも、全ては「私」という存在が、より大きな生命体の一部である、という自覚から生まれる、自然で必然的な行動となるのです。

消費社会は、私たちを原子化された「消費者」へと還元しようとします。あなたは、他の消費者と競争し、より多くのモノを手に入れることで、自分の価値を証明しなければならない、と。

しかし、ヨガの智慧は、私たちに全く別のアイデンティティを提示します。あなたは、孤立した消費者ではない。あなたは、他の人間と、他の生命と、そしてこの地球全体と、深く、そして本質的につながっている、かけがえのない存在なのだ、と。

「差異」のレンズを通して世界を見れば、そこには競争と欠乏が広がっています。「共感」と「つながり」のレンズを通して世界を見れば、そこには協力と豊かさが満ちています。

どちらのレンズを選択するかは、私たち一人ひとりの手に委ねられています。そして、その選択こそが、この分離と対立の時代において、私たちがなしうる、最も静かで、しかし最も力強い、希望の表明となるのです。

 

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Kiyoshiクレイジーヨギー
*EngawaYoga主宰* 2012年にヨガに出会い、そしてヨガを教え始める。 瞑想は20歳の頃に波動の法則の影響を受け瞑想を継続している。 東洋思想、瞑想、科学などカオスの種を撒きながらEngawaYogaを運営し、ENQAN(ヨガ)、JIQAN(内観)、瞑想指導にあたっている。SIQANという日本一簡単な緩める瞑想も考案。2020年に雑誌PENに紹介される。 「集合的無意識の大掃除」を主眼に調和した未来へ活動中。