第16講:「いいね!」疲れからの卒業 – 比較を手放し、内なる充足感へ

ヨガ外論・歴史

現代を生きる私たちの多くが、ポケットの中に一つの小さな「劇場」を持ち歩いています。それは、スマートフォンという名の舞台装置であり、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)という名の脚本です。私たちはその劇場で、ある時は観客として他人の華やかな人生を鑑賞し、またある時は演者として自らの「編集された日常」を披露します。そして、そのパフォーマンスに対する評価が、「いいね!」やコメント、フォロワーの数といった、具体的な数値として、リアルタイムで突きつけられます。

この劇場は、私たちに多くのものをもたらしてくれました。遠く離れた友人とのつながり、新しい知識やコミュニティとの出会い、そして自己表現の喜び。しかしその一方で、この劇場の照明は、私たちの心に、かつてないほど強烈な影を落としているのではないでしょうか。その影の正体こそ、「比較」という名の、静かで根深い病です。

SNSのタイムラインをスクロールする行為は、いわば「他人の幸福のハイライト集」を、延々と見せられ続けるようなものです。友人の海外旅行、同僚の昇進報告、誰かの完璧な手料理、きらびやかなパーティーの様子。それらは全て、人生という長い映画の中から、最も美しく、最も輝いている瞬間だけを切り取り、編集し、再構成した「シミュラークル」であることは、私たちが第3講で学んだ通りです。

頭では、それが現実の全てではないと分かっている。誰もが、写真には写らない退屈な日常や、見せたくない悩みや葛藤を抱えているはずだ、と。しかし、私たちの脳の、より原始的で感情的な部分は、そう簡単には納得してくれません。次々と流れ込んでくる「理想的な他者」のイメージは、無意識のうちに、私たちの自己評価の基準点をじわじわと引き上げていきます。そして、その引き上げられた基準点と、自分のありのままの現実とを比較し、「それに比べて自分はなんてダメなんだろう」という、慢性的な「欠乏感」と「自己否定」の感覚に苛まれてしまうのです。

この「SNS疲れ」や「いいね!疲れ」と呼ばれる現象は、ボードリヤールが喝破した「差異化ゲーム」が、デジタル空間で極限まで加速され、民主化された姿と言うことができます。かつて、差異化の比較対象は、身の回りの人々や、雑誌の中のモデルといった、限定的なものでした。しかし今や、私たちは世界中の人々の「最高の瞬間」と、自分自身の「ありふれた日常」とを、24時間365日、比較し続けなければならない状況に置かれています。この終わりのないゲームに、私たちの心が疲弊してしまうのは、あまりにも当然のことなのです。

さらに深刻なのは、私たちが「観客」から「演者」へと回ったときの心理です。自らの投稿への「いいね!」の数を、固唾をのんで見守る。期待したほどの反応がなければ、投稿を削除したくなったり、自分のセンスに自信をなくしたりする。より多くの「いいね!」を獲得するために、私たちは次第に、「本当の自分が何を表現したいか」ということよりも、「他者(オーディエンス)が何を見たいか」ということを優先して考えるようになります。自分の生の体験が、他者からの承認を得るための「コンテンツ」へと、その本質を変えてしまうのです。この時、私たちは自分自身の人生の主人公でありながら、その実、他者の評価という名の観客の顔色をうかがう、哀れな奴隷と化してはいないでしょうか。

では、この強力な引力を持つデジタル劇場から、私たちはどのようにして、心の自由を取り戻すことができるのでしょうか。その鍵は、これまで私たちが探求してきたヨガの智慧の中に、明確に示されています。それは、意識のベクトルを「外側(他者からの評価)」から「内側(自分自身の感覚と充足感)」へと、意識的に、そして繰り返し向け直す訓練です。

この訓練のための、最もシンプルで効果的な実践が、ヨガ哲学における「プラティヤーハーラ(Pratyahara)」という概念です。これは八支則の第五段階にあたり、一般的に「制感(感覚の制御)」と訳されます。しかし、これは感覚を無理やり抑圧したり、遮断したりすることではありません。むしろ、外側の対象へと散漫に向かいがちな五感のエネルギーを、消耗させることなく、静かに自分の内側へと引き戻していく、という能動的なプロセスです。

デジタルデバイスから意識的に離れる「デジタル・デトックス」は、このプラティヤーハーラの現代的な実践と言えるでしょう。一日のうちの数時間、あるいは週末の一日だけでも、スマートフォンやPCの電源を切り、情報という名の洪水から自分を隔離してみる。最初は、何かを見逃すのではないかという不安(FOMO – Fear Of Missing Out)に襲われるかもしれません。しかし、そのソワソワした感覚を乗り越えた先に、深い静けさと、心のスペースが広がっていることに気づくはずです。その静寂の中で初めて、私たちはSNSのノイズにかき消されていた、自分自身の本当の声、つまり「私は今、何を感じているのか」「私は本当は、何をしたいのか」という微細な声に、耳を傾けることができるようになります。

そして、ヨガのマットの上での実践は、このプラティヤーハーラをより深く体得するための、安全な実験室となります。アーサナの最中、私たちは鏡に映る自分の姿や、隣の人のポーズといった「外側」の情報から意識を離し、筋肉の伸び、呼吸の流れ、心臓の鼓動といった「内側」の感覚に集中します。シャヴァーサナ(屍のポーズ)では、目を閉じ、音や光といった外部からの感覚刺激への執着を、吐く息とともに手放していきます。この訓練を繰り返すことで、私たちは、自分の幸福や価値の基準を、揺れ動く外部の評価に委ねるのではなく、自分自身の内側にある、揺るぎない感覚と充足感のうちに見出す力を、少しずつ養っていくことができるのです。

この内なる基準が確立されてくると、SNSとの付き合い方も、自ずと変化していきます。他人の投稿を見て比較し、落ち込むのではなく、「この人は今、こういう喜びを感じているのだな」と、ただ事実として受け止め、自分の感情と切り離すことができるようになります。また、自らが投稿する際も、「いいね!」の数を稼ぐためではなく、純粋に自分の喜びや発見を、分かち合いたいという内側からの動機に基づいて、表現できるようになるでしょう。他者からの承認を渇望する「演者」から、自らの内なる充足感に基づいて世界と関わる「表現者」へ。これは、奴隷から、真の自由人への移行です。

「いいね!」疲れからの卒業とは、SNSを完全にやめることではありません。それは、SNSという劇場に無自覚に出演し、他人の評価に一喜一憂する生き方をやめ、自分自身の人生という、唯一無二の舞台の、揺るぎない主役へと帰還することなのです。そのための力は、誰かや何かが外から与えてくれるものではありません。それは、すでにあなたの内側に、呼吸とともに、身体感覚とともに、静かに存在しているのです。

 

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Kiyoshiクレイジーヨギー
*EngawaYoga主宰* 2012年にヨガに出会い、そしてヨガを教え始める。 瞑想は20歳の頃に波動の法則の影響を受け瞑想を継続している。 東洋思想、瞑想、科学などカオスの種を撒きながらEngawaYogaを運営し、ENQAN(ヨガ)、JIQAN(内観)、瞑想指導にあたっている。SIQANという日本一簡単な緩める瞑想も考案。2020年に雑誌PENに紹介される。 「集合的無意識の大掃除」を主眼に調和した未来へ活動中。