言いたいことを言う勇気。喉のつかえを解き、本来の波動で生きるために

365days

都会の慌ただしい日常を生きていると、私たちはつい「空気を読むこと」や「他人の調和を乱さないこと」を最優先にしがちです。
会議の場でも、プライベートな人間関係でも、自分の心にフッと浮かんだ本音を飲み込んでしまう瞬間がありませんか。
「ここで言ったら雰囲気が壊れるかもしれない」「変な人だと思われるのが嫌だ」
そうして、頭の中のささやきに怯え、言いたい言葉を喉の奥に押し戻すことが日常茶飯事になっているかもしれません。

言いたいことを言う勇気を持つことは、あなたの心と身体を劇的に軽くするために、極めて大切なプロセスなのです。

 

「言いたいことを言わない」ことによるエネルギーの滞り

まず、ヨガや東洋思想の観点から、言葉を我慢することの身体的・エネルギー的な影響を考えてみましょう。
東洋の伝統医学やヨガでは、体内には目に見えない生命エネルギーである「プラーナ(気)」が流れているとされています。
私たちが本音を隠し、言いたいことを我慢するとき、身体の特定の場所に物理的な緊張が蓄積されるのをご存知でしょうか。
チャクラとは、私たちの身体にある主要なエネルギーの節(節目)のようなものを指す言葉です。
喉のヴィシュッダ・チャクラは、自己表現や創造性、そして「真実のコミュニケーション」を司る重要な中枢と言えるでしょう。
言いたいことを押し殺していると、この喉のあたりにエネルギーがギュッと詰まり、呼吸が浅くなったり、肩や首がガチガチに凝り固まったりしがちです。
実際に、私たちのスタジオで「身体がどうにも重い」と訴える方の多くは、日常で強い自己抑圧を強いているケースが少なくありません。
言葉を我慢する行為は、単なる精神的なストレスにとどまらず、身体の滞りを物理的に生み出す根本原因なのです。

 

ヨガの教え「サティヤ」の本当の意味

ここで、古代から伝わるヨガの知恵を紐解いてみましょう。
ヨガの根本的な聖典である『ヨーガ・スートラ』には、日常生活の行動指針として「ヤマ(禁戒:やってはいけないこと)」が示されています。
ヤマの第2項目にあたるのが、「サティヤ(真実・誠実)」という有名な教えです。 多くの人は、サティヤを単に「嘘をつかないこと」だと解釈しているかもしれません。
もちろんそれも正解ですが、本来の意味は「自らの真実に誠実であること」、すなわち自分に嘘をつかずに生きることにあります。
思っていることと、口にしている言葉、そして実際の行動が一致している状態こそが、東洋思想における大いなる調和を生み出すのです。
逆に、自分の本当の気持ちを無視して他者に迎合するような言葉ばかりを吐き出すのは、自己に対する「不誠実」に他なりません。
自分の内なる真実に耳を傾け、それをまっすぐに表現する勇気こそが、ヨガの最も深い実践そのものであると言えるでしょう。

 

頭の中の自動思考(エゴ)に主導権を渡さない

では、なぜ私たちは言いたいことが言えなくなってしまうのでしょうか。

私たちが本音を言おうとした瞬間、頭の中で「嫌われるぞ」「調和が乱れるかもしれない」という不安なつぶやきが起こるのです。
これこそが、脳の「自動思考(左脳のおしゃべり)」であり、エゴが仕掛ける巧妙な自己防衛システムと言えるでしょう。
エゴは常に過去の記憶や未来の損得を引き合いに出し、私たちを窮屈な枠に縛り付けます。
しかし、本来のあなた(あるいは純粋なハート)から湧き上がってきた本音は、エゴの恐れを超えた真の生命衝動なのです。
頭の中の不安な独り言を「おしゃべりだな」と少し離れたところから静かに観察し、その奥にある純粋なエネルギーを外に解き放ってあげましょう。
自動思考に主導権を渡さず、勇気を持って一歩踏出すことは、内なる覚醒(目覚め)への素晴らしいプロセスです。

 

感情的にぶつけることではなく、ただ流すこと

ここで勘違いしてはいけないのは、「言いたいことを言う」とは、他者を攻撃したり、怒りの感情をそのままぶつけたりすることではないという点です。
そのような乱暴な表現は、自らのエゴを他者に押し付けるだけの「ラーガ(愛着・欲望)」や「ドヴェーシャ(嫌悪)」の暴走にすぎません。
感情の荒波に呑まれるのではなく、「私はこう感じている」「これが私の真実である」というファクトを、静かに、透明なエネルギーとして外に出す感覚が大切です。
感情を我慢して溜め込むことは、自分の中の集合的無意識に不純物を蓄積させる行為に等しいと言えます。
自らの波動をクリアに整え、集合的無意識の大掃除を行うためにも、自分の真実を抑圧しないことが何より大切です。
言葉にして外に流してあげれば、体内のプラーナは滞ることなく、再びスムーズに巡り始めます。
エックハルト・トールが言うように、抑圧された不快感は体内に「ペインボディ(心の痛み)」として蓄積され、やがて心身の重さとなって現れるでしょう。
これを防ぐためにも、内側にエネルギーを溜め込まず、川の水をサラサラと流すように言葉を表現してあげる必要があるのです。

 

終わりに:余計な我慢をやめて、王道環境を生きる

多くの人は、自分の本音を言ったら周囲の人間関係が壊れてしまうのではないかと不安になるものです。
しかし、本音を伝えることで離れていく関係であるなら、それはそもそも今のあなたに合っていない「環境違い」の場所だったと言えるのではないでしょうか。
不要な我慢を削ぎ落としてミニマムになり、本来の姿で生きるだけで、エネルギーの通りは一気に良くなります。
それによって、自然とあなたと同じ波動を持った、ありのままの自分を受け入れてくれる「王道環境」へと移動していけるのです。
私たちの主宰する瞑想クラス「SIQAN(シカン)」では、まずは余計な思考の働きをまったりと手放し、身体と心の力をじっくりと解きほぐしていきます。
都会の真ん中でこそ、他者の視線という幻想を一旦脇に置き、自分の純粋な中心と繋がってみるのがお勧めです。
言いたいことを言う勇気は、あなたを本来の軽い生き方へと導く、大いなる調和の第一歩となるでしょう。



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Kiyoshiクレイジーヨギー
*EngawaYoga主宰* 2012年にヨガに出会い、そしてヨガを教え始める。 瞑想は20歳の頃に波動の法則の影響を受け瞑想を継続している。 東洋思想、瞑想、科学などカオスの種を撒きながらEngawaYogaを運営し、ENQAN(ヨガ)、JIQAN(内観)、瞑想指導にあたっている。SIQANという日本一簡単な緩める瞑想も考案。2020年に雑誌PENに紹介される。 「集合的無意識の大掃除」を主眼に調和した未来へ活動中。